がん患者の遺伝子を解析し、その結果に基づいて治療内容を決める「がんゲノム医療」が2019年6月、保険診療の中でできるようになった。だが、実際に動き出してみると様々な課題が表面化している。個々の遺伝子に応じた「精密医療」の実現に向けた試行錯誤が続いている。

がんは遺伝子に傷が付いて生じるが、どの遺伝子に傷が付いてがんを引き起こしているのかは、同じ臓器のがんであっても人によって異なる。一方で、抗がん剤の中には、特定の遺伝子変異をターゲットに開発された「分子標的薬」が多数存在し、原因となる遺伝子変異が同じであれば臓器は違っても有効な場合があると考えられている。
そこで、がん患者のどの遺伝子に傷が付いているかを調べ、最適な治療を提供しようというのががんゲノム医療だ。このがんゲノム医療に用いる「遺伝子パネル検査」が19年6月に保険に収載され、保険診療の中で診断、治療が行えるようになった。
遺伝子パネル検査は、数多くの遺伝子の変異を同時に解析するもので、中外製薬の製品とシスメックスの製品の2種類が承認されている。それぞれ解析する遺伝子の数などに違いがあるが、保険点数はどちらも5万6000点。3割負担なら16万8000円で検査が受けられる。
とはいえ、実際に動き出してみると様々な課題が表面化している。まず何よりも大きな問題になっているのは、対象が「標準治療が無い」または「標準治療が終わった」固形がんの患者に限られていることだ。希少ながんなど、標準治療が無い場合は比較的早い段階で検査を受けることができるが、一般的ながんの場合はまず標準治療を受けてからでないと検査を受けられない。標準治療が終わってなお進行している患者や再発した患者となると、相当深刻な場合が多い。
一方で、遺伝子を解析するだけではなく、パネル検査の結果を基にどういう治療を行うのが適切かを、がんゲノム医療の拠点となる病院に置かれた専門家会議で検討するという手順を踏むため、結果が主治医に戻ってくるまでには4週間から6週間の時間がかかる。進行がんの患者にとって、この時間は長すぎる場合もあるだろう。「結果が判明する前に、亡くなってしまう患者もいる」と、がんの専門医は言う。
しかも検査の結果、遺伝子に変異が見つかったとしても治療に結びつくとは限らない。国立がん研究センター中央病院(東京・中央)が16年5月から17年5月にかけて行った臨床研究では、遺伝子パネル検査を行って結果が出た患者のうち、遺伝子変異に合った治療薬の投与を受けられたのは13.4%、25人にすぎなかった。採取した遺伝子の量や質に問題があるなどの理由で遺伝子解析に至らなかったなどの件数を加えると、臨床研究に参加した人の1割程度でしか治療薬の投与には至っていない。
さらに、保険診療の中で承認されている薬を使えたのは25人のうち6人だけだ。15人は治験中の薬、4人は本来は適応外の薬の投与を受けた。未承認の薬でも治験が行われていれば、それに参加することで治療を受けられるが、適応外というのは少し厄介だ。適応外の薬を使うと保険外診療となり、薬代だけでなく、検査や入院代などを含めた医療費が全額自己負担となってしまう。
適応外の薬を投与するのは、例えば乳がんに対して承認されている分子標的薬を、承認を取れていない肺がんに対して使用するようなケースだ。臓器は異なるものの、がんの原因となっている遺伝子の変異が同じであれば、その分子標的薬が効く可能性がある。
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