
東京五輪のマラソンと競歩の開催地を巡り、猛暑への懸念を理由に国際オリンピック委員会(IOC)が札幌での開催を求める案を提示したことが波紋を呼んでいる。東京都は、都内での開催を念頭に置いてスタート時間の前倒しを検討しているとの報道もあり、混迷は続きそうだ。
気温を比べれば、今年8月の東京都心の平均気温28.4度に対し、札幌は22.5度。最低気温の平均でも東京の25.2度に対し、札幌は19.7度とそれぞれ5度以上涼しくなっている。札幌でも30度以上となる日があることは事実だが、それでも比較的涼しい中でレースを実施できる可能性は高いと言えるだろう。
涼しい気候のほうが速いゴールタイムとなるのは一般的に言われていることだが、実際、気温が選手に与える影響はどの程度あるのか。
2012年にヨーロッパの研究者らが「Impact of Environmental Parameters on Marathon Running Performance」という論文が発表している。
2001年~2010年にパリ、ロンドン、ベルリン、ボストン、シカゴ、ニューヨークで開かれたフルマラソンで完走した約180万人のランナーを対象に、大会ごとの気温による結果への影響を調査・分析したものだ。
この論文について、ランニング学会副会長で筑波大学の鍋倉賢治教授は「男子のトップランナー層が最も記録が出やすいのは3度台。日本人の肌感覚としては寒すぎるように感じられるが、気温が上がるにつれてスピードが落ちていく」と解説する。
論文を基にすると、研究対象の男子ランナーの上位1%層(平均記録2時間41分)にとって最も記録の出やすい気温は3.81度で、5度上昇した場合(気温8.81度)は平均スピードが0.36%減速。15度上昇(同18.81度)なら3.29%、20度上昇した場合(同23.81度)は最適気温でのレースに比べて6%落ちるという結果が出ているという。2時間で走れる能力のある選手だとしても、気温が24度程度であれば2時間7分かかることになる。
ちなみに、多くの市民ランナーがまず目指すであろう4時間程度で走るレベルの男性の場合は6.24度が最も走りやすい気温。20度上昇した場合(26.24度)は17.73%もスピードが落ちるという。
ランナーの体にはどのような変化が起きているのか。鍋倉教授によると、気温によって、体を流れる血流量の配分に大きな違いが見られるのだという。
脳に向かう血流量は、気温によっても、運動強度によっても変化はなく常に一定を保たれる。一方、同じ運動強度でも気温の上昇に伴って大きく増加するのは体温調節の発汗に使われる「皮膚血流量」だ。代わりに減少するのが筋肉を流れる血流量となり、発揮できる能力の低下につながる。また、発汗により体から水分が奪われると、心臓の1回の収縮で送り出せる血液量が減り、心拍数もさらに増加する状態となるのだ。
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