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 安倍晋三首相は10月7日、「世界も日本も経済は大きく動いている。日本は世界経済の中心として、経済最優先で取り組んでいきたい」と、本誌が都内ホテルで開いた創刊50周年イベントで述べた。

 安倍首相は日米貿易交渉で「完全に最終的な合意に至った」とし、「環太平洋経済連携協定(TPP)、日欧経済連携協定(EPA)を合わせれば世界のGDP(国内総生産)の6割を占める新しい自由貿易圏ができた。その中心にいるのは日本になるのだと思う」と語った。

日経ビジネス創刊50周年イベントに登壇した安倍晋三首相(写真:北山 宏一)

 本誌の発行は1969年10月。いざなぎ景気に沸く高度成長期の真っただ中に、企業の経営幹部向け月刊誌として産声を上げた。当時から、日本の国際競争力を引き上げるために、産業構造の転換に果敢に挑戦し、それを実現するための人材や技術に投資することの重要性を繰り返し訴えてきた。日経BPの吉田直人社長は50周年イベントで、本誌の50年間について、「個別のニュース記事だけでなく、大きな潮流を的確に捉えて皆様に提供したいと心がけてきた」などと話し、「今年1月には日経ビジネス電子版をスタートさせた。さらに挑戦を続けていく」と述べた。

 「米国に立ち遅れたデジタル産業の競争力を引き上げるための処方箋」「アジア市場進出の落とし穴」「産学連携の問題点や人材確保の要諦」……。いずれも、現在の日本企業や日本経済が直面する課題である。実はこれらは、50年前に発行した日経ビジネスの創刊号が既に指摘していた日本の課題でもある。

 その後、日本経済は1985年のプラザ合意や1990年代初頭のバブル崩壊などを経て低成長時代に突入。本誌は「『軽・薄・短・小』化の衝撃」(1982年)、「会社の寿命は30年」(1983年)、「1ドル80円工場」(1994年)など、時代を先取りする切り口で日本企業が歩むべき道を提言してきた。

 平成の「失われた30年」を経た今、日本企業は世界の大国との経済競争に勝ち、再成長するための変革の糸口をつかみきれずにいる。

 本誌は今年10月、「目覚めるニッポン」と題した大型企画を展開する。グローバル化やデジタル化で世界が大きく変わる中、かつての成功モデルはもはや通用しない。この呪縛から脱するためには何が必要なのか。今後の50年を見据えた提言を4号にわたって掲載する予定だ。

 本誌創刊50周年イベントでも、多くの経営者が「次の50年で経営において大切なもの」を語った。オリックスの宮内義彦シニア・チェアマンは「経済は成長できるのだという気持ちを持つことが大事。政策主導で変えていくのでなく、ビジネス界が頑張って欲しい」とし、「世界の大きなマーケットの一部として切磋琢磨(せっさたくま)していくべきだ」と語った。プリファードネットワークスの西川徹社長は、「いかに“計算資源”を確保していくのかが大切だと思う。AI(人工知能)などの技術もそうだが、いかに多くのデータを処理できるかが極めて重要。たくさんのデータを処理すればするほど精度が高まる」と訴えた。

   
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