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水面下で進んでいた制度改革

 英国のような医療システムを日本でもつくれないか、実は水面下で厚労省は試みていたとされる。18年度の抗微生物薬(抗菌薬)の処方に関する診療報酬改定がそれだ。

 抗菌薬を処方して地域包括診療料などの診療報酬を得るためには、「抗微生物薬適正使用の手引き」に則した治療手順を踏まえなければいけないという条件を改定案に盛り込んだ。「手引き」は17年に厚労省が主導してまとめた治療指針で、もしこの改定案が実際に反映されれば、少なくとも抗菌薬の処方に関しては国がある程度コントロールできることになる。さらに対象薬を広げていけば、医療費を削減する強力な「武器」になり得るものだった。

 もっとも、この「手引き」は抗菌薬の不適正使用を減らし、薬剤耐性菌の出現を抑えようとするもの。薬剤耐性菌の問題は深刻化しており、大前提としては、厚労省が医師に抗菌薬の適正使用を促すという位置づけだ。

 ただ、英国のように医師の処方をコントロールできるようにしたいという考えも透ける。それだけに、この抗菌薬に関する診療報酬改定は「試金石」として医療経済の分野で大きな注目を集めていた。

 だが、政治的な力を持つ日本医師会を筆頭に、多くの医師団体の反発にあい、結局は取り下げざるを得ない状況になった。「手引きには妥当ではない部分がある」「抗菌薬を処方しないで病態が悪化した場合の責任は誰が取るのか」といった指摘がメインだったが、医師が自由に薬を処方できる「処方権」を守るために反発していたという側面も少なからずあった。

 処方権がなくなれば、医師が自身の考えで治療を進めることが難しくなる。それに加え、国の治療指針で薬を処方できない場合に、患者が「あの先生は薬をくれなかった」と不満を抱く可能性もある。後者に対する懸念は意外にも大きく、実際、都内で診療所を営むある医師は「患者の希望に応えないと来院してくれなくなるどころか、下手をすれば悪い評判を流されることもある」と打ち明ける。また、「薬がもらえないから」という理由で来院を控える患者が増えれば、経営にも影響する。

 結局は「骨抜き」になった抗菌薬に関する診療報酬改定案。冒頭の厚労省職員が悔しさを隠さなかったのは、こうした水面下での挑戦が失敗に終わったからだ。高齢化を背景に医療費は膨らむばかりで、そのツケは次世代の若者たちが払うことになる。医療費削減の必要性が叫ばれるようになってから長い年月がたったものの、思うようには進まないのが現状だ。改革のために残された時間はそう長くない。