「去年のあの診療報酬改定案は、やっぱり何としてでも通すべきだった」

 終電が近づく東京・新橋。古びた中華料理店で30代の厚生労働省職員はこう打ち明けた。この人物が憂いているのは、日本の医療費増大だ。麻婆豆腐を胃に流し込み、2018年度の医療費の動向を記した資料を指ではじきながら「小手先の医療費削減策ではもう間に合わない」と同氏は語った。

医療の話とお金の話は、もはや切り分けられなくなった(写真:PIXTA)
医療の話とお金の話は、もはや切り分けられなくなった(写真:PIXTA)

 厚労省は9月26日、18年度の医療費の総額が、概算で42兆6000億円となったことを発表した。前年度から約3000億円増加し、過去最高を2年連続で更新する形になった。40年には66兆円を超えるとの試算もあり、高齢化を背景に医療費の増大は収まりそうにない。

 国も対策を進めてはいる。医療用医薬品の公定価格を下げる「薬価下げ」のほか、安価なジェネリック薬(後発薬)の使用も促している。小野薬品工業のがん治療薬オプジーボや、スイス・ノバルティスの白血病治療薬キムリアなど、高額な医薬品が相次いだことで薬剤費を削減する動きは年々強くなっている。

 しかし、医療費全体のうち、薬剤費が占める割合はせいぜい20%。薬価下げなどによる歳出削減は重要だが、製薬業界からは「もう限界」との声も上がり始めた。この分野だけで医療費削減を進めることは難しい。

 医師の収入源である「診療報酬」にメスを入れて、不必要な処方などを減らす必要があるのではないか。医療経済の専門家の間では、こうした考え方が一般的になりつつある。

 例えば日本では、どの医薬品を処方するかの判断は治療にあたる医師に委ねられている。しかし、「あの薬がほしい」と自ら求める患者も多く、本来であれば不必要な薬が処方されるケースは少なからず存在する。

 こうした不必要な処方を減らそうと、独自の医療システムをつくるのが英国だ。英国ではほぼ全ての医師が公務員として国営の医療機関で働いているため、診療に際しては国立医療技術評価機構(NICE)が定めた診療ガイドラインに準拠する必要がある。

 簡単にいえば、国が「この病態の患者にはこの薬を使い、この手術をしなさい。そうすれば診療報酬を出します」と定めているということだ。「医師の給与は税金で賄われるのだから、国の意向に従うべきだ」という考え方で、医師の処方を国がある程度コントロールしている。

 近年、厚労省は英国の医療システムの考え方を積極的に取り込んでいる。17年5月には英国の公衆衛生局と薬剤耐性菌対策などにおける協力覚書に調印し、人材交流を通じてノウハウの共有を進めている。また、17年に医学的知識を活用して事務を総括する事務次官級のポスト「医務技監」を新設したが、これは英国政府の「主席医務官」を参考にしたものだ。

17年に英国大使館で開かれた厚労省と英国公衆衛生局の協力覚書調印式。英国からは当時の最高責任者ダンカン・セルビー氏(右)が出席した。日本からは当時の健康局長の福島靖正氏(左)が出席
17年に英国大使館で開かれた厚労省と英国公衆衛生局の協力覚書調印式。英国からは当時の最高責任者ダンカン・セルビー氏(右)が出席した。日本からは当時の健康局長の福島靖正氏(左)が出席

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