大日本住友製薬は9月6日、英製薬ベンチャーのロイバント・サイエンシズと、戦略的提携に向けた基本合意書(MOU)を締結したと発表した。30億ドル(約3200億円)を投じてロイバント本体への出資を行うほか、同社子会社の株式を取得するという。大日本住友製薬の狙いはどこにあるのか。
ロイバントとの提携を発表した大日本住友製薬の野村博社長
大日本住友製薬がロイバントと合意した内容は、(1)ロイバントの子会社のうち5社の株式取得、(2)ロイバントの残る子会社のうち6社の株式取得のオプション権の確保、(3)ロイバントが有する創薬やヘルスケアIT関連のプラットフォーム技術の獲得およびその利用に関する事業提携、(4)ロイバントの株式の10%以上の取得――の4つが柱。これらに対する対価として30億ドル(約3200億円)を支払う。正式契約は2019年10月末になる見通しだ。
大日本住友製薬にとって、目下最大の経営課題は、抗精神病薬ラツーダの米国での独占販売期間終了に伴う売上高の急減にいかに対応するかだ。同社はラツーダの独占販売期間を23年2月に終了することで複数の後発品メーカーと和解しており、23年度にいわゆるパテントクリフ(特許の崖)に直面する。ラツーダの売上高は22年度には1900億円程度になるとみられており、23年度にはその売上高の大半が失われる可能性がある。そこで同社は今年4月に発表した22年度までの中計で、借り入れも含めて3000億円から6000億円のM&A枠を設定し、23年度以降の収益に貢献する精神神経領域の後期開発品目の獲得に優先的に資金を投じるなどの方針を示していた。
今回の戦略的提携はこの方針を具現化したものといえるが、実は株式を取得するロイバント傘下の5社の後期開発品目に精神神経領域のものはない。また、重点領域としているがんや再生医療とも異なる。つまり、ポスト・ラツーダを見据え、領域には関係なく、とにかく売上高を手当てすることを最優先したということだろう。中計発表時には「2021年に承認申請する」としていた抗がん剤ナパブカシンの膵臓(すいぞう)がんに対する臨床試験を7月に中止しており、このことも売上高の確保を急がせた要因とみてよさそうだ。
大日本住友製薬が今回、提携先に選んだロイバントは実にユニークな企業だ。創設者である1985年生まれのヴィヴェック・ラマスワミーCEO(最高経営責任者)は、ハーバード大学で生物学を学んだ後、金融界に入り、バイオベンチャーへの投資で大成功を収めた。その後、2014年に20歳代でロイバントを設立し、新しいビジネスモデルの創薬事業をスタートさせる。それは、他の製薬企業が開発を手掛けながらも、戦略的な理由から開発が棚ざらしにされている、もしくは十分な投資がなされていない候補品に目を付け、交渉によりその権利を手に入れ、開発を進めるというものだ。
例えばロイバントが現在46%の株式を保有しており、ニューヨーク株式市場に上場しているミオバント・サイエンシズは、16年6月に武田薬品工業と共に設立したベンチャーで、武田薬品が創出した子宮筋腫治療薬のレルゴリックスの日本とアジアの一部を除く権利と、それとは別の婦人科向けの候補品の権利を受けて開発を進めてきた。ミオバントの社長兼CEOには、アステラス製薬が販売している年商3000億円超の前立腺がん治療薬イクスタンジの開発を率いた医師が就任している。
製薬企業には、科学的な理由ではなく、他の開発品との優先順位の関係や、自社の重点領域外であるなど戦略的な理由で開発が中断されているような候補化合物が実は多数ある。そうした、棚ざらしになっている候補化合物に着目して権利を確保し、領域ごとに子会社を設立し、そのトップには業界での経験豊富な経営者を招いて開発を進めるというのがロイバントのビジネスモデルだ。若手の経営者として注目され、米フォーブス誌の表紙を飾ったこともあるラマスワミーCEOは同誌のインタビューの中で、「社会の役に立つはずの多くの薬が、その真価とは無関係の理由で打ち捨てられている」と語っている。
このビジネスモデルは製薬企業にとっても渡りに船だったのだろう。創業5年目にして、ロイバントの子会社で手掛けている候補化合物は14領域45品目と、驚異的な数に達している。しかも臨床試験の最終段階である「フェーズIII」が7品目、その手前の「フェーズII」が12品目と、開発後期の品目も数多い。同社は17年にソフトバンク・ビジョン・ファンドなどから11億ドルを調達しており、この潤沢な資金が候補品の権利の確保を後押ししたのだろうが、目利き力や交渉力にたけているのも間違いない。
大日本住友製薬は今回の提携で株式を取得するミオバントのレルゴリックスと、ウロバント・サイエンシズのビベグロンという2つの品目について、「それぞれ10億ドルを超えるポテンシャルを持っている」(野村博社長)と説明。19年に米国で申請を予定しているこの2品目が手に入る利点を強調した。ただし、両剤とも米国には競合品がある他、レルゴリックスは武田薬品、ビベグロンは米メルクから権利を導入しているためロイヤルティーなどの支払いが発生する可能性もあり、最終的に大日本住友製薬にどれだけの収益をもたらすのかは分からない。
ただ、今回の提携を通じて大日本住友製薬はロイバントの創薬やヘルスケアIT(情報技術)のプラットフォーム技術にもアクセスできるようになる。ロイバントは創薬目的の子会社を設立するだけでなく、ヘルスケア関連のデータを収集するデータバント、医療ビッグデータなどを利用して医療の効率化を目指すアリバントといった子会社も設立してヘルスケアIT事業も強化している。提携によりロイバントの目利きのノウハウを手に入れたり、ヘルスケアIT関連の技術や人材を獲得できたりすれば、そのメリットは大きいだろう。それこそが、大日本住友製薬が30億ドルの資金を投じる真の狙いなのかもしれない。
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