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 細胞を使って臓器などの立体的な構造の再現を目指したバイオ3Dプリンターが注目されている。再生医療用の臓器の作製に使えるほか、iPS細胞などの研究を背景に、チップ上に臓器を再現し、医薬品の評価に使うことが期待されている。ただし、チップ上に配置した細胞が生体内と同じ働きをしていなければ、医薬品の評価などに有用とは言えない。

 再生医療で実用化段階にあるのは、皮膚や軟骨、心筋などの単一の細胞をシート状に培養しているものや、細胞を液体中に分散させた懸濁液の状態の製品のみ。しかし、ヒトの臓器や組織の多くは複数種類の細胞から成り、しかも立体的な構造をしている。そこで、臓器や組織の立体的な構造を再現できるようにする技術として期待されているのが、バイオ3Dプリンターだ。

 例えば、富士フイルムなどが出資するバイオベンチャーのサイフューズは2010年の創業当初から、培養した細胞の塊を剣山のような針に突き刺しながら積み上げていくことで、大型の立体組織を作り出し、再生医療に利用することを目指してきた。手作業ではなく、自動で細胞を決められた位置に積層させるバイオ3Dプリンターを開発し、既に研究用などで販売を開始している。また、バイオ3Dプリンターを用いて製造した軟骨と血管などの2つの再生医療等製品の開発も進めており、近く臨床試験を開始する予定だ。

 こうしたバイオ3Dプリンターの技術は再生医療での利用だけでなく、創薬での利用も期待されている。iPS細胞の研究の進展などにより、研究者は疾患に関連する様々な細胞を入手しやすくなった。これらの細胞を、有用な医薬品の候補の選別に利用する際、一定量の細胞を載せたチップを効率よく大量に製造したりするのにもバイオ3Dプリンターの技術は利用できるからだ。

 リコーはバイオ3Dプリンターを用いて製造したチップ製品を近く発売するとともに、創薬支援事業にも応用していく。このチップ製品は、34.5%を出資する米エリクサジェン・サイエンティフィックと共同で開発するもの。エリクサジェンは、iPS細胞やES細胞などの万能細胞を様々な細胞に分化させる技術を有しており、リコーのバイオ3Dプリンターの技術を組み合わせ、創薬研究用の細胞チップを開発する。これにより、例えば複数人のiPS細胞由来の細胞をワンチップ化した細胞チップを高効率に製造でき、臨床試験の前に複数人の細胞で効果を確認できるようになる。リコーはインクジェットプリンターの技術を応用し、従来のインクの代わりに細胞懸濁液をセットし、あらかじめ設定された位置に細胞を吹き付けて3次元構造を作製するバイオ3Dプリンターの技術開発を進めてきた。将来的にはチップ上に細胞を立体的に成形したチップ製品なども開発していく考えだ。

リコーのバイオ3Dプリンター
 

 「オルガン・オン・ア・チップ(チップ上の臓器)」。チップ上にヒトの臓器や組織を再現した研究ツールの名称だ。通常、医薬品の研究開発では臨床試験を行う前に動物実験を行うが、ヒトとマウスなどの実験動物の種の違いにより、動物実験段階では安全性に問題なく、効果が期待されていたとしても、臨床試験で予想外の結果が出ることも少なくない。そこで、ヒトの様々な細胞をチップ上に載せて、医薬品の候補化合物の安全性や有効性を評価できれば、こうした問題を避けられるうえ、動物実験を減らすこともできると期待されている。

 ただ問題は、チップ上に配置した細胞が、体内に存在するときと同じように生理活性物質を分泌し、同じような働きを保っているかどうかだ。細胞は体外に取り出して培養を続けると、やがて性質が変わってしまうことが知られている。元の細胞としての機能を失った細胞を用いて医薬品の候補化合物を評価していては、誤った結論に到達しかねない。

 その点、バイオ3Dプリンターを利用すれば生体内の3次元構造をある程度再現できるため、オルガン・オン・ア・チップを製造するうえでの重要な技術の1つになる可能性はある。ただし、体内で各組織は血圧などの圧力にさらされていたり、心臓や腸のように自律的に動いている組織も存在したりするので、単に3次元構造を再現するだけで十分とは言えないだろう。それどころか、それぞれの細胞や組織がチップ上でどのような状態にあれば、“ヒトの体内に近い”と言えるのか。その研究も現時点ではまだ十分とは言いがたい状況だ。

 バイオ3Dプリンターによる臓器や組織の再現と聞くと夢が広がるが、現実に再生医療や創薬研究の中で普及していくためには検討すべきことが山ほど残されている。

   
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