ソフトバンクグループ(SBG)が、東南アジア最大の経済規模を持つインドネシアでの投資を積極化させている。同社の孫正義会長兼社長は29日、インドネシアのジョコ大統領や、投資先でシンガポールを拠点とするライドシェア・配車大手グラブのアンソニー・タンCEO(最高経営責任者)などと会談し、同社を通じて、インドネシアに今後20億ドル(約2170億円)を投じる考えを明らかにした。

グラブのタンCEOは、「インドネシアは我々にとって最大市場であり、長期にわたり持続的な開発に尽力している」と公式コメントを発表。SBGから調達した資金でインドネシア事業を拡大する考えを示し、ここにシンガポールに続く第2本社を設立する計画を明らかにした。
さらにブルームバーグなどの報道によれば、孫会長兼社長は現地記者団に対し、SBGの出資先の一つで大株主となっているインドネシアのネット通販最大手、トコペディアに追加出資する考えも示した。同日、ウォール・ストリート・ジャーナルはトコペディアが新規に5億ドルの資金調達を計画していると報道した。交渉相手は明らかではないものの、ソフトバンクがその資金の出し手になる公算が大きい。
インドネシアは東南アジア最大の経済規模と人口を抱えると同時に、デジタル経済の規模でも域内最大だ。Googleとシンガポールの政府系投資会社テマセク・ホールディングスの調査によれば、その規模は2025年には1000億ドル(約10兆9000億円)に達する。「成長が確実視されるインドネシアで、SBGはネット上の『ヒト・モノ・カネ』の流れを確実に押さえつつある」。今回のSBGの投資強化の動きを受け、東南アジア企業への投資に定評のあるジェネシア・ベンチャーズの鈴木隆宏・ゼネラルパートナーはこう指摘する。
ソフトバンクが押さえるインドネシアネット市場の「ヒト・モノ・カネ」
ライドシェア・配車サービスは、東南アジアの人々の移動を支える交通インフラに育っている。特にグラブは2018年、域内市場から撤退した米ウーバー・テクノロジーズの事業基盤を取り込み、各国で大きなシェアを占める企業に成長した。フィリピンなど一部の国では独占的なプレーヤーになりつつある。
例外がインドネシアだった。ここは同業のゴジェックの牙城で、両社のシェアは伯仲していると見られる。ゴジェックは二輪車や乗用車のライドシェア・配車サービスに加えて、レストランの出前、買い物代行、マッサージ師の派遣から洋服のクリーニングまで、様々なサービスを提供して顧客をつなぎ止めてきた。そこでインドネシア攻略に本腰を入れるSBGとグラブも新しいサービスを急ピッチで拡充させ、ゴジェックからシェアを奪い取る算段だ。
「モノの動き」は同国ネット通販最大手のトコペディアが押さえる。2009年創業の同社は、同社のプラットフォーム上に第3者が出店し、商品を販売する「マーケットプレイス型」のネット通販で成長してきた。国内の中小零細企業を中心に約600万の商店が1億個を超える商品を出品している。足元では出品企業の在庫を保管し、梱包、配送まで手がける倉庫の運営に乗り出した。SBGによる追加投資が実現すれば、トコペディアの事業拡大は加速する。
最後に「カネの動き」についてはどうか。SBGはインドネシアの金融機関やフィンテック企業に直接投資しているわけではない。ただ間接的ではあるものの、拡大するネット決済市場で影響力を発揮できる立場にある。グラブとトコペディアが共通して採用しているネット決済サービス「OVO(オボ)」の利用者は1億人を超え、ゴジェックが展開する同ゴーペイと市場を二分している。公式発表はないが、現地メディアによればグラブ、トコペディア双方ともOVOを運営する企業に出資もしているようだ。仮にインドネシアの決済市場でOVOが引き続き急成長することが見込まれれば、SBGがOVO運営企業への大規模投資に踏み切る可能性もある。
インドネシアのジョコ大統領は、デジタル経済の拡大を成長戦略の柱に据えている。アジアの有力なユニコーン企業への相次ぐ出資で存在感を高めた孫会長兼社長は、今や一国の成長戦略の一翼を担う存在にまでなりつつある。国の戦略に沿う限りにおいては、インドネシアにおける投資を通じた「ソフトバンク経済圏」の膨張は加速するだろう。
もっとも、資金の「出し手」であるSBGと、その「受け手」であるインドネシアとの関係を、従来の日本とインドネシア2カ国間の経済関係の枠組みで捉えるようすれば、その本質を見失うかもしれない。1940年代から近年に至るまで、日本とインドネシアとの関係は、一部変容はしても基本的に支配・援助する国=日本と、その支配・援助を受ける国=インドネシアという構図だった。インドネシアは今もアジア有数の日本のODA(政府開発援助)の主要供与国であり続けている。
一方で、ソフトバンクが今ここで作り出そうとしている「経済圏」は、支配・被支配の構図ではなく、資本の論理に基づいた投資家と企業との対等な関係が基本になっている。そこでの主役は巨大市場とテクノロジーを抱えるグラブやトコペディアにあり、SBGは孫会長兼社長の目利きとリスクマネーを提供する存在として補完的な関係にある。従来の二国間関係とは異なるマネーで結びついたエコシステムが国の枠組みを超え、急速に、しかも大規模な形でインドネシアで動き出している。
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