コメ卸最大手、神明ホールディングス(以下HD、神戸市)の藤尾益雄社長が22日、日経ビジネスなどのインタビューに応じた。神明は自ら仕掛けた傘下の回転ずし大手、スシローグローバルホールディングスと元気寿司の経営統合を断念したばかり。藤尾社長はこれまで執念をみせてきた外食再編から距離を置き、「コメが足りなくなる。なんとか確保しなければいけない」と今後は川上の農業に経営資源を投入していく戦略に転換することを表明した。

 「1+1が2以上でないと(経営統合は)足かせになる。このままでは1.5や1.8にしかならなそうだった」(藤尾社長)。スシローと元気寿司は6月下旬、これまで検討を進めていた経営統合を断念すると発表した。両社の統合を仕掛けたのは藤尾社長だ。神明HDが41%出資する元気寿司と33%出資するスシローを経営統合させようとした。

 しかし回転すしが主体のスシローと、専用レーンで注文品だけを提供する「回らない」店舗を増やしている元気寿司との業態の違いや、海外戦略の違いなどの溝が埋まらなかった。「両社ともブランドへの考え方をしっかり持っていた」(同)ことが逆に妥協の余地を狭めた面もある。スシローがコメを神明HDではなくこれまで通り全農パールライスから仕入れ続けるなど、神明HDが描いた取引拡大もなかなか進まなかった末の破談だ。

 神明HDにとって回転ずしの破談は2回目。過去には元気寿司と「かっぱ寿司」を運営するカッパ・クリエイトの経営統合を画策して失敗に終わっている。2度あることは3度あるのか。3回目の再編を画策する気があるかと問われた藤尾社長は「3度目は今のところまったく考えていない。現状、視野に入れているM&A(合併・買収)はない」と述べ、M&A戦略は休止すると表明した。

 外食再編の仕掛け人とも言われた藤尾社長の情熱は消え去ったのか。実は情熱はほかのところへ向きつつある。「コメがこのままでは大変なことになる。コメを確保しないといけない。ヒト・モノ・カネの経営資源には限りがある。それ(経営資源)を全力で川上(農業)に向けなければいけない」(同)。どういうことか。

 「コメが足りなくなる」。一言で言うと、これが藤尾社長がここ数年で募らせつつある危機感だ。人口減少社会でコメが足りなくなると言われると首をかしげる人も多いかもしれない。だが神明HDによると農業就業人口は2018年に175万人と17年より6万人、1976年と比べると573万人も減った。逆に耕作放棄地は年々増えており「今や耕作放棄地の面積は富山県とほぼ同じ面積」(藤尾社長)という。つまり消費が減っている一方で、生産量も減っているのだ。

 その結果「需給は均衡している。少し天候不良になると一気に足りなくなる」(同)というわけだ。神明HDの本業はコメ卸。コメを確保しないことには事業基盤がおぼつかなくなる。外食再編で取引量拡大、などとうたっている場合ではなくなったというわけだ。

 22日のインタビューで藤尾社長は将来的なコメの生産増につながる農業関連の施策を相次いで打ち出した。神明HDが「デジタルアグリ」と呼ぶスマート農業で効率化した大規模水稲生産を18年の8ヘクタールから19年に120ヘクタール、20年に600ヘクタールに拡大、コメの生産法人へも出資する。また近く農作物のオンライン直売サービス「食べチョク」を運営するビビッドガーデン(東京・渋谷)と資本業務提携し、コメのオンライン直売サービス「米チョク」を始めることも明らかにした。20年4月からは「お米未来塾構想」と呼ぶアグリビジネススクールを開校し、コメの生産から商談、売り方、経営も生産者に教えていく計画だ。

 「高齢化などで生産現場が弱体化している。日本の農業に我々が入っていって、なんとかして守らないといけない。コメがなかったら大変なことになる」。コメ卸最大手を率いる藤尾社長は、まさに原点回帰を迫られている。

 
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