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ホンダのPUを搭載して優勝したアストンマーティン・レッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペン(写真:ホンダ提供)

 ホンダが6月30日、自動車レースの世界最高峰、フォーミュラ・ワン世界選手権(F1)オーストリアグランプリで優勝した。同社のパワーユニット(PU)を搭載する車が優勝するのは、PU供給でF1に復帰した2015年以降で初めて。06年8月のハンガリー・グランプリで優勝して以来、約13年ぶりの快挙となる。F1で勝てなかった13年間でホンダの四輪事業の形はずいぶんと変わってきた。

 前回の優勝はホンダが車体とエンジンの両方を手掛ける「ワークス」チームとして参戦していた「第3期」参戦でのことだった。当時、07年3月期の四輪車世界販売台数は365万2000台で、19年3月期の実績(532万3000台)の7割弱。07年3月期に62万台だったアジアでの販売が19年3月期に223万3000台に増えた一方、欧州での販売は32万4000台から16万9000台とほぼ半減した。

 直近の欧州での販売規模は日本メーカーでみれば、スズキやマツダをも下回る。こうした販売不振を受け、07年3月期のアニュアルリポートでは07年末に年産25万台のフル稼働になる見通しを示していた英国工場は、21年の閉鎖を決めた。

 新興国での開催が増えているとはいえ、今なおF1は欧州中心で開催しているモータースポーツだ。リーマン・ショックを受けて08年末に撤退を決めたブランクがあったにせよ、13年間勝てなかったことは、創業者の本田宗一郎の時代からレースで磨き上げてきたはずのホンダのブランド価値を損なった点は否定できないだろう。

 四輪事業の営業利益では、07年3月期の5995億円から19年3月期は2096億円と販売台数が増えているにもかかわらず減っている。営業利益率はわずか1.9%で、トヨタの同期の営業利益率8.2%などと比較しても収益性の低さが際立つ。リーマン・ショックからの業績回復過程で販売台数を求め、派生車の増加などによって、車種開発や生産の効率が悪くなっている。

 「2015年の復帰以降の道のりを考えると、大変感慨深く、また心からの喜びを感じている」。優勝が決まった日本時間の7月1日未明、八郷隆弘社長はプレスリリースでこんなコメントを寄せた。F1への再復帰を決めたものの当初は思うような成績が残せず、ホンダのブランドイメージの足を引っ張りかねない状況も続いていた。それでも諦めることなく挑戦し続けた現場と経営の「ホンダスピリッツ」によりF1優勝という果実をたぐり寄せた。社内の士気高揚効果も大きいはずだ。13年ぶりとなったF1優勝を四輪事業復活ののろしにできるかは経営陣の手腕にかかっている。

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