6月22、23日の両日、タイの首都バンコクで東南アジア諸国連合(ASEAN、アセアン)首脳会議が開かれた。域内で増え続ける海洋ゴミや南シナ海情勢、ミャンマーのイスラム系少数民族ロヒンギャ問題と並び議題となったのが米中貿易摩擦だ。23日午後に発表された議長声明では、米中貿易摩擦を念頭に「多国間貿易体制を脅かす保護主義や反グローバリゼーションの潮流が衰えていない」との文言が明記された。

実際、程度の差はあるものの各国は米中摩擦を主因に経済成長を鈍化させている。タイやシンガポールは今年の経済成長の見通しを下方修正し、マレーシアやフィリピンは経済をテコ入れするため利下げを迫られた。中間財を中国に輸出し、同国で組み立てて米国に輸出するというサプライチェーンが行き詰まったためだ。
米国と中国の両大国に依存する経済の枠組みが機能不全に陥りつつあるなか、アセアンの成長を支える新しい枠組みとして期待されているのが、アセアン10カ国に日中韓、インドなど6カ国を加えた16カ国が参加する東アジア地域包括的経済連携(RCEP)だ。世界人口の約半分と世界貿易総額の約3割を覆う巨大な経済圏構想で、関税を撤廃・削減し、高い水準の貿易・投資ルールを共有しようと議論が続いている。
規模が巨大なだけに交渉は難航している。特にインドは関税の引き下げにより中国から安価な製品が大量に流れ込むとの懸念から慎重な姿勢を示しており、2013年から続く議論は今も「年内の合意を目指す」という目標を繰り返し掲げざるを得ない状況が続く。今回の首脳会議でも目立った進展はなかったようだ。
一方で、米中貿易摩擦が激化すればするほど、アセアンではRCEPへの期待も高まる。「RCEP参加国の間で新しいサプライチェーンを構築し、域内で生産から消費まで完結できれば米国への依存を減らせる」(タイ・チュラロンコン大学アセアン研究センターのピティ助教授)との考えがあるからだ。
その見方は今回の首脳会議でも強く主張された。22日に開かれた経済相会合を受け会見したタイ政府報道官は「RCEPはアセアンが自立し、米中貿易戦争から自らを守る助けになる」と発言。その翌日に記者会見したタイのプラユット首相は、「アセアンの重要な貿易の相手国間で起きている貿易戦争を乗り越えるため、我々はRCEP交渉を強く前進させる必要がある」と話している。
届くかアセアンの訴え
米国が中国だけでなく広くアジア各国で圧力を強めていることも、アセアンの「米国抜き」の経済圏実現に背中を押す。
5月には米財務省が為替操作国の監視リストにシンガポール、マレーシア、ベトナムのアセアン3カ国を新たに加えた。為替政策が注視され、仮に為替操作国と認定されれば制裁の対象になる。この動きについて「中国との経済的な結びつきが強い国が狙われている」と現地メディアは指摘した。
インドに対しても同様だ。6月5日、米国はインドを一般特恵関税制度の対象から除外した。現地メディアによると、その数日後に米通商代表部(USTR)のライトハイザー代表がインドに対し、「両国間には不公平な貿易慣習があり、インドはこれに対し追加的な措置を取る必要がある」と警告したという。
インド経済を分析するアナリストは「経済的な観点から見れば、インドは中国との関係を強化すべきだ」と指摘する。仮に米国の圧力をインドが脅威と見なし、中国に歩み寄りの姿勢を見せるとすれば、RCEP交渉が大きく前進する可能性はある。
タイのプラユット首相は会見で「タイとインドネシア、そしてシンガポールとベトナムは日本で開催されるG20で、貿易戦争を沈静化させるべく共に意見表明したいと考えている」と語った。インドネシアはG20メンバー国として、ベトナムとシンガポールは招待国、タイは招待国際機関であるアセアンの議長国としてG20に参加する。彼らの訴えは届くのか。G20でも貿易摩擦で歩み寄りが見られなければ、アセアンのRCEPに対する期待は高まるばかりだろう。
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