ゴールドウインとSpiber(山形県鶴岡市、関山和秀代表取締役)は、Spiberが微生物を用いて発酵生産したたんぱく質繊維を素材に使ったTシャツを8月下旬に発売する。

両社は2015年9月に事業提携契約を締結し、Spiberが製造するクモ糸をベースにした繊維をスポーツアパレル分野に展開することを目指してきた。世界で最も強靱(きょうじん)で、伸縮性にも富むクモの糸を微生物を用いて量産し、耐久性や伸縮性が求められるスポーツウエアに利用しようというのがその時のコンセプトだった。
ところが20日の記者発表会で関山代表取締役は、「クモ糸を模倣しようというフェーズを脱した」と強調。Tシャツに使う発酵生産したたんぱく質も「ブリュード・プロテイン」(醸造したたんぱく質)と名付け、“クモ糸”のイメージを打ち消すのに必死だった。「強靱なクモ糸の工業利用」を目指して2007年に起業したベンチャーに何があったのか。
結論から言うと、クモ糸の模倣というコンセプトではアパレル製品の要求を満たせないことが判明し、研究開発の手法を一から見直して新たなたんぱく質の素材開発を進めてきた、というわけだ。クモの糸は乾燥した状態では強靭だが、水にぬれると収縮してゴムのような材料に変化してしまう。「ぬれるとダメではアウトドア製品にならない。何十とあるゴールドウインの基準を1つでもクリアできないと、いくら強靭な素材でも販売されないことが分かり、開発の方向を変えなければならなくなった」(関山代表取締役)。ゴールドウインは提携直後の2015年10月にSpiberの素材を用いたアウトドアジャケットの試作品を発表し、「2016年に発売予定」としていたが、2016年9月に発売延期を発表している。
それから3年かけて行ったのは、「微生物を用いてたんぱく質素材を量産する」という方向性は変えないものの、遺伝子工学や発酵工学、材料工学、合成生物学、AIなど、様々な技術を駆使して多様な物性を持つたんぱく質素材を作り出すことだ。これまでの研究を基に、要求される物性を持つと想定される遺伝子を設計し、実際にDNAを合成して微生物にたんぱく質を生産させ、作り出されたたんぱく質の物性を評価。その評価結果に基づいて遺伝子の配列を修正する。これを1サイクルとする作業を何回も繰り返して、生産性やコストの観点も取り入れながら、要求される基準を満たす素材の開発を進めていった。
もちろん、上着に使う素材なら耐久性が求められ、肌着にするなら肌触りの良さが求められるなど、目的とする用途に応じて要求される物性は異なる。国家プロジェクトの資金も得ながら、用途に応じた物性を持つたんぱく質を作り出すべく、研究開発を重ねてきた。この間、人工的に合成した遺伝子の数は1400にも上るという。
技術開発の対象は、遺伝子の設計から、生産する微生物の改良、微生物の培養法、素材の精製法、加工法に至るまで多岐に渡るため、研究開発を通じて出願した特許は188に上る。「この数字を見ても、海外の競合企業を大きくリードできていると思う」と関山代表取締役は胸を張る。こうして実用に耐え得る素材ができたことから、ゴールドウインとの共同でTシャツを開発。「THE NORTH FACE」のブランドから発売することになった。
Tシャツは綿とたんぱく質で作られており、重量比で82.5%がコットンで、17.5%がたんぱく質。ちなみにこの比率は、地球上の植物と、微生物プラス動物の重量比と同じなのだとか。Tシャツ1着の重さは290gで、うち50gがたんぱく質ということになる。
Tシャツ向けの素材開発では、しっとりして肌触りの良い上質な質感を目指した。価格は1枚2万5000円。250着の予約限定販売で、6月20日から予約を受け付ける。
計算すると分かるが、今回のTシャツに使われるたんぱく質は、わずか12kg程度にすぎない。ゴールドウインとSpiberでは、Spiberの素材を使った製品の第2弾として、年内にもアウトドアジャケットを発売するとしているが、こちらも販売枚数は制限されることだろう。
現在、Spiberはタイで、2021年の商業生産開始を目指して数百トン規模の量産工場の建設を進めており、それがフル稼働すれば1kg当たり40ドルから50ドルの生産コストを目指せるとのことだ。ゴールドウインの渡辺貴生副社長執行役員は、「脱マイクロプラスチック、脱ファー(毛皮)の要請があるので、できるだけ早く製品を出していきたいが、様々な製品に展開できるのは2024年、25年ごろ」との見通しを示しており、その頃になると量産品が実用化してくるということだろう。
微生物で作ったたんぱく質が、プラスチックや毛皮の代わりに普及するのはまだかなり先の話になりそうだ。
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