(写真:The New York Times/Redux/アフロ)
(写真:The New York Times/Redux/アフロ)

 香港政府は現地時間15日15時から会見を開き、大規模な反対デモの原因となっていた「逃亡犯条例」の改正を「期限は定めずに延期する」と発表した。

 この第一報を受けて浮かぶであろう3つの疑問について、いま分かっている情報をもとに解説する。

疑問1:審議「延期」ということは「再開」するのか

 「取り下げ(withdraw)」ではなく「延期(postpone)」なので、字義通り解釈すれば再開の可能性はある。ただし、会見で林鄭月娥行政長官(香港の行政トップ)は「今回の改正は、市民の理解が得られなかった」と延期の理由を明言しており、単なる時間稼ぎの可能性は低いと思われる。

 また、審議の延期について「先送りのスケジュールは定めない」とも発言した。この言葉で想起するのは、「香港デモは「最後の戦い」、2014年雨傘革命との違い」でも解説した2003年の「香港基本法23条条例」事件だ。香港基本法23条に基いて、反政府的な言動を禁ずる条例を成立させようと試み、大規模デモでとん挫した際、香港政府が使った言葉も「撤回」ではなく「期限を定めない延期」だった。そしてその後、同条例案が審議入りしたことはない。「延期」という言葉で政府の面子を保ちつつ、現時点では事実上の廃案になったということだ。この前例通りになるかは分からないが、ヒントの1つにはなるだろう。

疑問2:今回の判断は中国政府の意向なのか

 林鄭月娥行政長官は今回の決定について「香港政府の判断を、北京政府(中国政府)が尊重してくれた」と発言した。ただしこれを額面通りに受け取る向きは少ない。

 今回の決定の前に林鄭月娥行政長官が深センに滞在する共産党幹部・韓正氏と会談したと、複数の現地紙が報じている。会見では「韓正氏と会談したのか」という質問に対しては回答しなかったが、否定ではなく回答を拒否したというのは、事実であることを示している可能性が高い。

 そもそも「一国二制度」の根幹に関わる今回の条例改正について、香港政府が中国政府の意向を無視して単独で意思決定できるということはあり得ないと考えるべきだろう。

 ではなぜ中国政府は妥協したのか。6月28日から大阪で開催され、習近平国家主席も参加するG20サミットでの各国からの批判を避けるため、などの推論は成り立つが、今後の中国政府の動きによって明らかになっていくだろう。

疑問3:反対デモは続くのか

 記者会見をライブ中継したメディアのフェイスブックページには、視聴しているユーザーによる「616見(6月16日に会おう)」などの発言が次々に書き込まれた。6月16日に予定されている大規模集会に参加する意思表明だ。

 あくまでも政府の決定は「撤回」ではなく「延期」だったため、デモは継続するだろう。ただし、一定の戦果を挙げたため、規模は次第に縮小していく可能性が高い。

 今回のデモが異例の規模に発展したのは、64集会(天安門事件への反対集会)などと異なり、政治的に強い「反中」意識を持っている人たちだけでなく、香港が当たり前に享受してきた安全と自由が脅かされることに危機感を持った市井の人たちも参加したからだ。今後も政府に対して強硬な要求を続ける勢力はデモを継続する可能性が高いが、そうでない人たちの参加は減っていくと思われる。

 今後の争点は、デモの主宰者に対する「処分」だ。雨傘革命の首謀者たちは逮捕、起訴され、一部が入獄した。ただし雨傘革命については政府は強硬な姿勢を崩さず、デモの要求は退けられた。今回は会見で、行政長官が遺憾の意を表明し、改正案の審議を延期するというアクションを取った。政府が誤りを認めたからデモ活動は不問に付すのか、それとも道路占拠や破壊などの不法行為について粛々と処罰するのか。どこまで強面(こわもて)の処分を下すかに、中国政府の怒りの強さが表れてくるだろう。

2019年6月17日追記:6月16日のデモは、主宰者発表によると返還後最大規模となる200万人を超える参加者が集まった。15日に条例改正「延期」を政府が発表したことに抗議していた男性がビルから転落死し、これが抗議の自殺と報じられたことで、その追悼の意思を表明するために黒い服に身を包んだ参加者も多数集まった。事故死と見る向きもあるが、少なくともその死が市井の人たちの悲憤を呼び、再びデモを勢いづかせたことは間違いない。

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