「反送中(中国に身柄を送るな)」「林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は辞任せよ」

 香港で9日、刑事事件の容疑者の身柄を中国本土などへ移送できるようにする「逃亡犯条例」に抗議する大規模デモが行われた。主催した香港の民主派団体によれば、参加者は香港の中国返還後最大となる103万人(警察発表は24万人)。750万人の香港居住者の7人に1人が参加した計算だ。香港島のビクトリア公園から立法会まで行進した後、デモ隊の一部は暴徒化し、警察が催涙ガスで鎮圧した。

「逃亡犯条例」に抗議して行われた香港の大規模デモ(AP/アフロ)
「逃亡犯条例」に抗議して行われた香港の大規模デモ(AP/アフロ)

 長らく英国統治下にあった香港は透明性が高い司法制度を持ち、中国返還後も高度な自治を保障される「一国二制度」が保障されている。そのため欧米系企業による投資が集まり、国際金融都市の地位を確立してきた。一方、中国では政府が「法治」を訴えているものの、法律が恣意的に運用されるリスクがある。容疑者を中国に送るルートが確立すれば民主活動家らが中国を批判する集会を開けなくなる可能性がある。香港在住の外国人も中国本土に移送されるリスクを抱えることになる。

 そのため今回の改正案には欧米諸国からも懸念の声が相次いだ。香港特別行政区政府は、容疑者引き渡しの適用は7年以上の刑期を伴う最も重い犯罪容疑のみで政治犯に対しては適用できないなどとする条例の改正案を提示。ただし、反対派は中国では政治犯を別容疑で逮捕することが多いため、実効性は期待できないと指摘している。

 香港における逃亡犯条例改正のきっかけは、2018年2月に香港人男性が恋人だった台湾人の妊婦を台湾で殺害した事件だった。男性は香港に逃げ帰ったが、香港と台湾の間で容疑者を引き渡す枠組みがない。そこで香港政府は、協定を結んでいない国や地域に逃亡犯を引き渡せるように条例の改正を試みた。この条例は同時に、中国本土や台湾、マカオへの身柄引き渡しも明示的に認めている。香港市民はこの条例が恣意的に運用されることに懸念を示しているのだ。

 懸念と動揺は海を隔てた台湾にも飛び火している。この条例が成立してしまえば、香港にいる台湾人にとって中国本土に移送されるリスクが増すことになる。

2つの「人権」に引き裂かれる

 「一国二制度を守る」と述べつつ実際には香港の「中国化」に向けて圧力を強める中国政府と、それを受け入れる親中派で固められた香港の行政トップの姿勢が多くの香港人の反発を生んでいる。

 中国の圧力は政治と経済の両面から強まっている。香港の行政トップは事実上、親中派しか選ばれない仕組みで、2014年に香港の行政長官選挙を巡って普通選挙実施を求めた「雨傘運動」も成果を上げることはできなかった。今年4月にはこの雨傘運動を主導したメンバーに対する実刑判決が下されている。さらに、中国政府は今年2月に「広東・香港・マカオ大湾区発展計画綱要」を発表し、さらに本土と香港との融合を深めようとしている。改革開放で国際資金が集中する香港に隣接する深センが飛躍的に発展したという成功体験を、範囲を広げつつ再現しようとしている。今や、香港と深センの地位は逆転しており、経済的に依存関係にあることも事態を複雑化している。

 香港政府は殺人容疑者の台湾への引き渡しに向け法改正の必要性があると主張する。反対派から見れば、殺人事件に乗じて中国政府の影響力をさらに高めようとしていると映る。互いに「人権」というキーワードを前面に打ち出しつつ、主張が引き裂かれる状況は皮肉としか言いようがない。

 香港政府は6月中に改正案を可決する方針だ。対立はさらに激化する可能性が高く、香港の政治的動揺は続きそうだ。

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