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 三菱自動車は20日、最高経営責任者(CEO)の交代会見を開いた。益子修会長兼CEOが6月の定時株主総会でCEO職を退任し、海外の生産現場での経験が長い加藤隆雄氏が後任に就く。日産自動車、仏ルノーとのアライアンスは益子氏が担当し、三菱自動車の今後の戦略は加藤氏が描く。

CEOを退任する益子修氏(左)と新たにCEOに就任する加藤隆雄氏

 記者会見で益子会長はトップ交代について「自動車業界は大きな変革の時代。柔軟な考えを持った人に引っ張ってもらいたい」と語った。

 現在の三菱自動車の稼ぎ頭はタイやインドネシアをはじめとした東南アジア諸国連合(ASEAN)だ。加藤氏はそのASEANの中核市場、インドネシアで生産合弁会社の社長を務める。すでに撤退した米イリノイ工場やロシアにある仏PSAとの合弁による組み立て工場での勤務経験もあり、「根幹をなすものづくりを知っている」と益子会長は評価する。

 「もう辞めていいでしょ」。CEOを退任し会長に専念する益子氏は記者団にこう語った。同氏が経営の舵を握り続けてきた15年間、三菱自動車の経営基盤は揺れ続けてきた。

 RV(多目的レジャー車)「パジェロ」などのヒットもあり1990年代はトヨタ自動車、日産に次ぐ国内3位となったが、2000年代前半に起きた相次ぐリコール問題で販売台数が急減。主要株主だったダイムラークライスラー(当時)が支援を取り下げ、三菱重工業、三菱商事、三菱UFJ銀行の三菱グループが手を差し伸べた。2004年、その際に三菱商事から三菱自動車の常務取締役へと転籍したのが益子会長だ。そこから「辞めたくても辞められない」状況が始まる。

 業績が回復傾向にあった16年には燃費不正問題が明らかになり、三菱自動車のプロパーで開発畑だった相川哲郎社長(当時)が引責辞任。益子会長が社長を兼務することになった。同年に日産との資本提携が決まった際、益子会長は周囲に辞意を伝えていたが、カルロス・ゴーン氏が慰留し、とどまった。

 益子氏はゴーン氏と信頼関係を築いてきた。ただ三菱自動車の会長も務めていたゴーン氏が一連の不正資金問題で逮捕され状況は一変した。ゴーン氏は18年11月に会長を解任され、益子氏が暫定的に会長に就任した。

 自らの経営責任はあるとはいえ、波乱万丈の15年。益子氏は「私は負の遺産の処理に時間をかけていた。(加藤氏には)今後の成長のための戦略を考えていってほしい」と述べた。

 三菱自動車は販売台数を求めた戦略とは距離を置く方針。益子氏がバトンを渡した加藤氏の使命は、日産・ルノーとのアライアンスを生かしながら、小規模でも特徴のある車作りをすることだ。

 「全身全霊をかけてCEO職を全うする」と抱負を述べた加藤氏。日産・ルノー間で経営統合をめぐる駆け引きが続く中、身の丈にあった成長軌道へと導けるのかが試される。

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