医療機器や後発医薬品メーカーのニプロが脊髄損傷に対する世界初の再生医療製品の収益化に苦しんでいる。1回の投与あたり約1500万円の値の付いた高額医薬品だが、5月17日に開いた決算説明会で佐野嘉彦社長は「製造原価は約3000万円」と明かし、採算割れの状況であることを明らかにした。再生医療を事業化する生みの苦しみを吐露した格好だ。

世界初の再生医療製品の事業化に取り組んでいるニプロ(写真:アフロ)
世界初の再生医療製品の事業化に取り組んでいるニプロ(写真:アフロ)

 この医薬品は、2018年12月に世界初の脊髄損傷用の再生医療製品として承認された「ステミラック注」。外傷性の骨髄損傷に対して効果が見込まれる。まず、患者の骨髄液を採取し、その中に含まれる間葉系幹細胞と呼ばれる細胞を増殖して点滴で患者に戻すと、この細胞が損傷した部位に集まって、様々な働きを通じて症状を改善するという。

 日本では、交通事故や高所からの転落、スポーツ外傷などにより、年5000人程度の脊髄損傷患者が発生している。こうした患者に対しては、リハビリテーションを中心とする治療方法が主流だが、神経機能の改善度は低かった。ニプロは、札幌医科大学で研究されていた再生医療の技術を導入し、脊髄損傷に伴う神経症状や機能障害を改善する再生医療製品として18年6月に厚生労働省に承認申請を行い、同年12月に承認を得た。19年2月に1回1495万7755円の薬価が付き、保険診療の中で使えることになった。

 17日の決算説明会で佐野社長はステミラックについて、「もう少しで1人目の患者の治療がスタートできるような状況だ。今年度は40人ぐらいの治療ができればと考えているが、数は追わず、慎重にやっていきたい」と控えめに語った。

 「慎重に」という背景には、ガイドラインで実施できる施設の基準などが厳格に定められていることもあるだろうが、現状では事業として成り立っていないこともありそうだ。

 佐野社長は「製造原価は3000万円かかっており、1500万円の薬価ではペイしない」ことを明らかにした上で、「製造方法を見直して、原価をどこまで下げられるかが課題だ」と強調した。さらに「今の製造方法では黒字にはならない。いつ黒字にできるかと聞かれても計算できる状況ではない」などと述べ、多くの人手をかけて製造している工程を自動化するなど、全面的に工程を見直さなければ事業としては成立しない状況にあることを明かした。

 先日、高額医薬品として話題になったスイス製薬大手ノバルティスの白血病治療薬「キムリア」と同様、ステミラックも患者に応じて製造するため、薬価は1回の治療で1500万円と高額にならざるを得ない。薬価算定時にはキムリア同様、原価計算方式で、原価に営業利益などを上乗せして薬価を設定したことになっているが、ステミラックは現実には大きく採算割れしているというのだ。

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