全2628文字

 「よく見えない、よく分からない敵との戦いは、容易なものではない。率直に言って、政府の力だけでこの戦いに勝利することはできない。終息に向けては、一人ひとりの国民のみなさんの理解と協力が欠かせない」

 2月29日、新型コロナウイルスの感染拡大問題を巡り、初の記者会見を行った安倍晋三首相。さらなる感染拡大の防止に向け、危機感を鮮明にしつつこう訴えた。

2月29日に記者会見した安倍晋三首相(写真:ロイター/アフロ)
 

 これまで安倍首相は国会審議や政府対策本部などを通じ情報発信に努めてきたとして、国民に直接語りかける形の会見に消極的だった。「何を語っても首相に批判の矛先が向けられるだけ」(首相周辺)と懸念していたためだ。

 それが、首相自身の説明を求める与野党の声に押される形で会見を行うことになったのは、感染拡大の防止策や国民への説明など一連の政府の取り組みに対し、「場当たり的」「後手に回っている」といった批判が高まったことへの危機感が背景にある。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議は24日、「これから1~2週間が感染が急速に進むか収束できるかの瀬戸際となる」との見解を公表した。

 ただ、25日に公表した政府の対策の基本方針では、イベント開催について、「現時点で全国一律の自粛要請を行うものではない」と明確な基準を示さなかった。小学校などの休校に関しても「臨時休業等の適切な実施に関して都道府県等から設置者等に要請する」と記すにとどめ、国からの休校要請は盛り込まなかった。

 ところが、安倍首相は26日、一転して「今後2週間の大規模イベントの中止や延期」を要請。翌27日には全国すべての小中高、特別支援学校を対象に「3月2日から春休みまで臨時休校を行うよう要請する」と踏み込んだ。

 政府の専門家会議では全国での一斉休校が感染防止に現時点でどれだけ効果があるかを検討していない。政府内や与党との調整や事前の準備がほとんど行われない中、安倍首相が文字通りトップダウンで決断した。「側近の今井尚哉首相補佐官の進言が首相の背中を押した」と複数の政府関係者は漏らす。

 教育現場の混乱や保護者、企業などからの批判も覚悟で安倍首相が休校要請に踏み切ったのは、政権基盤の揺らぎへの強い警戒感に加え、早期に国内での感染拡大を収束できなければ今夏の東京五輪・パラリンピック開催に黄信号が点滅しかねないためだ。

 政府の対応を巡っては、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」で感染が拡大した問題などに国内外で政府への批判が広がった。政府が早急に中国からの入国制限を行わなかったことなどに対し、首相の支持基盤である保守層の一部からもネット上などで厳しい指摘が相次ぎ、首相は焦りの色を濃くしていた。各種世論調査で内閣支持率の下落が顕著となる中、「悩んだ末、首相は賭けに出た」と周辺は明かす。

 十分な準備や法的根拠が不透明な中での休校の決断は「見切り発車」の印象が否めず、学校現場や各家庭などには困惑が広がっている。29日の会見で安倍首相は休校の要請について「断腸の思いだ。何よりも子どもたちの健康・安全を第一に感染リスクに備えなければならない。責任ある立場として判断しなければならなかったことをご理解いただきたい」と語った。