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 日本経済新聞は2月19日、三菱UFJ銀行が東南アジアでライドシェア・配車アプリを展開するグラブと資本業務提携し、最大800億円を出資すると報じた。三菱UFJ銀行は金融事業の強化を進めているグラブに対しノウハウを提供したり、同社のアプリ内でグループの商品を販売したりするという。

グラブのドライバー。同社は配車を軸にサービスの幅を拡大し、スーパーアプリの地位を固めつつある(写真:AP/アフロ)

 2012年創業のグラブは東南アジア8カ国で事業を手掛けており、18年には競合していた米ウーバーテクノロジーズの東南アジア事業を買収。この地域のライドシェア・配車アプリとしては最大の事業者に成長した。アプリのダウンロード数は1億7000万を超える。足元でサービスの幅を広げており、ライドシェア・配車サービスに加えて、フードデリバリーやクラウドキッチン、荷物の配送事業なども手掛ける。

 中でも急拡大しているのが金融サービスだ。展開する国によって手掛けるメニューにばらつきはあるものの、顧客やドライバー、中小・零細小売店向けのデジタル決済サービスや保険サービス、ローンなどを展開している。19日には提携する損害保険会社のノウハウを活用し、東南アジアでも猛威を振るい始めた新型コロナウイルス対策にも乗り出した。新型コロナウイルスに感染してしまい仕事ができなくなったドライバーが500シンガポールドルを受け取れるサービスだという。

 東南アジアは経済成長を続けており、これに伴い金融市場の拡大も確実視されている。だがグラブの資料によれば、東南アジアでは銀行口座を持つ人は3割に満たず、多くの人が金融サービスとは無縁の生活を送っている。口座を持たない中小零細業者も多く、彼らがどのような経済活動を行っているのか、どこからどこにどうやってお金が流れているのかを把握するのは容易ではなかった。現地の銀行ですら読めなかった個人や零細業者のお金の流れを、外資系である日系のメガバンクがつかみ、その需要やリスクを見極めて口座の開設を促したり、融資したりするのは至難の業だ。

 グラブはこうした個人や零細業者の経済活動をつかんでいる。スマホが普及し、ライドシェア・配車サービスが人々の交通手段として定着したことが、これを可能にした。

 グラブは交通インフラが未熟な東南アジアでは必須のアプリとなりつつある。アプリで出発地と目的地を指定すれば、利用者の近くにいる自動車や二輪車のドライバーが通知を受け取り、利用者のもとに向かう。支払い手段はクレジットカードや銀行口座からの自動引き落としのほか、グラブのアプリに入金することでカードや口座を持っていない人でもキャッシュレス決済ができる。入金方法は多様で、銀行やコンビニのほか、グラブのドライバーに現金を渡してチャージしてもらうことも可能だ。グラブのアプリにチャージしたお金は、配車サービスの支払いだけでなく、小売店での商品の購入や料理のデリバリーサービスにも利用できる。

 グラブの決済サービスを利用すれば支払いに利用できるポイントがたまるため、同社の決済システムを利用する消費者は増えている。加えて、このプラットフォームに集まる顧客を目当てに決済サービスを導入する小売店も増える。人の移動という生活に欠かせない基本的なインフラを提供することで、結果的にグラブは銀行口座を持たない消費者や零細業者の経済活動とお金の流れを把握することができるようになった。

 ネットやアプリでのサービスを手掛ける企業が金融分野に進出し、他のサービスと組み合わせて事業拡大を図る手法は、これまでも各国で見られてきた。日本では楽天が典型的なプレーヤーとして知られる。ネット通販の消費者に銀行、クレジットカード、証券サービスなどを提供したり、出店者向けの融資サービスなどを展開したりすることで、いわゆる「楽天経済圏」を拡大させた。楽天はかつて東南アジアでもその経済圏の拡大を狙ったがかなわなかった。ネット通販はまだ普及しておらず、物流も支払い手段も確立されていなかったからだ。

 グラブが日常生活で使うサービスを一括で提供する、いわゆるスーパーアプリの地位を確保しつつある背景には、上述のようにネット通販というオンラインの世界からではなく、移動することすら困難というオフライン(現実)にある日常の課題の解決から出発し、これを起点にオンラインで支払いを効率化する取り組みを進めたことがある。経済活動には必然的に人や物の移動が伴う。逆に言えば、人や物の移動需要をつかむことができれば、経済活動をコントロールできる可能性が広がる。

 東南アジア最大の人口を抱えるインドネシアでは、グラブと競合するゴジェックも同様に金融事業を強化して顧客を増やしている。グラブやゴジェックが大手銀の法人向け融資を脅かすことは考えにくいが、少なくとも東南アジアにおける個人や零細業者向けの金融事業では、両社との協業なくしてどんな金融機関も成長は見込めないかもしれない。これまで積極的にタイやフィリピン、インドネシアの銀行を買収したり、出資したりしてきた三菱UFJ銀行はその将来を見越して早々に手を打ったといえる。

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