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 「疫病を抑え込む人民戦争、総動員戦、阻撃戦で絶対に勝利しよう」。

 北京市、上海市、広東省広州市、広東省深セン市という4つの一線都市を含むほぼ全土で企業活動の再開が認められた2月10日、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は新型コロナウイルスによる肺炎の治療に当たる北京市内の病院を訪れ、中国国営中央テレビなどを通じて激励した。毛沢東が中国を建国する前に共産党軍で実行した総力戦「人民戦争」になぞらえ、一致団結を呼びかけた。

 もともと春節休暇は1月30日に終わり、中国の企業活動は1月31日には始まる予定だった。それが新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、休暇は2月2日までに延長された。さらに主要都市では企業の休業期間を2月9日まで延ばした。中国政府は企業活動を大幅に制限して、人の移動や接触を強制的に抑え込んできた。

 その企業活動がようやく再開した形だが、本格的なものとはとても言えないのが実情だ。ほとんどの飲食店は営業を停止したまま。上海市内のビルではセントラルヒーティングが停止され、出社した社員は寒さに震えていた。もっとも、政府からの指示で、多くの従業員は自宅作業を奨励されており、出社したのは一部社員にとどまっているという事情もある。

2月10日の上海市内。企業活動は再開したが、飲食店は軒並み休業状態だ

 1~3月の中国の実質GDP(国内総生産)成長率にマイナスの影響を及ぼすのは確実だが、現時点で見えている影響は序の口にすぎないかもしれない。現在、再開している企業活動は、その多くが在宅勤務によるもの。工場への出勤が不可欠な製造業では、10日を過ぎても操業停止状態が続いているところが少なくない。

立ちすくむ「世界の工場」の中心地

 「世界の工場」と呼ばれる中国。人件費高騰や米中貿易摩擦の影響で東南アジアへの工場移転が加速したのは事実だが、その製造業の集積はなお圧倒的だ。その「世界の工場」の中でも最大の工業地帯が、広州市や深セン市、東莞市などを擁する広東省である。ここが、湖北省武漢市に続く新型コロナウイルス封じ込めという人民戦争における「最激戦区」となる可能性がある。

 工場で働く従業員を安価で集めることができる深セン市や東莞市に工場を建設し、完成品の組み立てを大量受注する。このビジネスモデルで急成長を果たし、EMS(電子機器受託製造サービス)世界最大手に上り詰めたのが米アップルのスマートフォンなどの組み立てを受注する台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)だ。中国国内では富士康科技集団(フォックスコン)として工場を運営している。

 同社の深センにある工場の再開に関しては、社員寮や食堂などの衛生環境に市政府から注文がついた。対策が不十分なままの集団生活となれば、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐことは困難になる。深セン周辺ではホンハイ同様、従業員が寮などに住み込んで働く工場が多い。深セン市最大の人材市場である「三和人材市場」には新型肺炎の感染が拡大する前、地方などから深センに出てきた毎日数千人の若者が押し寄せ、条件に納得したら大型バスに乗り込んで工場に向かう姿が見られた。募集されている仕事のほとんどが「寮と食事込み」という条件だった。

深セン市の人材市場に掲げられたフォックスコンの従業員募集告知(2019年2月撮影)

 工場再開にはマスクや消毒液の確保が前提条件となるが、その入手に苦労している工場が多いようだ。湖北省出身者をはじめとする出稼ぎ労働者などの復帰も遅れている。