三菱重工業は6日、泉沢清次取締役が4月1日付で社長に昇格する人事を発表した。宮永俊一社長は代表権のない会長に就く。社長レースではいわば、ダークホース的な存在だった泉沢氏。新社長はいかにして選ばれたのか。

三菱重工には社長候補者に経営課題に取り組ませてきた歴史がある。宮永社長は製鉄機械を手がける子会社を立て直したほか、三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の立ち上げに向けて、日立製作所との交渉に奔走した。宮永社長の前任の大宮英明会長は、現在稼ぎ頭の1つとなっている冷熱事業を立て直した。三菱重工幹部は「社長にふさわしい人間か、時間をかけて実力を試してきた」と話す。
宮永社長も候補者を試した形跡がある。
2016~17年ごろ、当時、社長候補として注目されていたのが、MHPSの社長を務める安藤健司氏だ。MHPSの利益率を向上させるため、工場の統廃合などの改革を断行できるか、手腕に注目が集まった。だが、結局はめぼしい成果を出すことはできなかった。
本来であれば、次の候補者を試す局面。ところが、誤算が生じた。MRJの開発遅延や大型客船の損失など想定外の事態が次から次へと沸き起こった。将来の社長候補者を絞り込むどころか、足元の火を消すために確実に仕事ができる人材を登用せざるを得なかった。それが木村和明副社長執行役員とCFO(最高財務責任者)を務める小口正範取締役だ。
Powered by リゾーム?