(写真:AP/アフロ)
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 「彼らは『事前諸葛亮』だ。尊敬すべきだし、高く評価できる」。中国の疫学の権威で、国家衛生健康委員会の高級専門家である曽光氏がこう評価したのは、武漢市公安当局が「事実でない情報を流した」として処罰した市民8人だ。

 諸葛亮とは日本でもよく知られている三国時代の名軍師のこと。単独では「知恵者」といった意味で使う。中国人に聞くと、「事前諸葛亮」は「知識や知恵に基づき予測する」「事前の準備をきちんとする」といった意味だという。ちなみに中国には「事後諸葛亮」という言葉もある。こちらは「物事が終わった後に色々偉そうなことを言う」「今さら言っても後の祭り」といった意味だ。

 中国のメディア「財新」によると、武漢中心医院に勤める男性医師は2019年12月30日、武漢市内で7人から重症急性呼吸器症候群(SARS)に似たウイルスの陽性反応が出たことを知り、医師などおよそ150人が参加するグループチャットに情報を書き込んだ。武漢市では肺炎患者の発生について公表されていなかったため、武漢市の警察当局に呼び出され処罰されたという。

 ネット上では公然と警察に対する批判がなされるようになったが、新型肺炎対策を担当する中央政府機関の重鎮が警察に処罰された人に賛同する意見を述べるのは異例だ。

 治療法が分からない病気がまん延し、生活の自由が制限される──。計り知れないストレスを抱える中国国民の不満は鬱積しており、それをどう解消するかが中国政府にとっては重大な課題になっている。

 共産党機関紙の人民日報は2月4日付紙面のトップ記事で、習近平(シー・ジンピン)国家主席のスピーチを取り上げた。その中で「中国のガバナンスと能力にとって大きな試練であり、我々は経験を総括し教訓を得なければならない。今回の流行への対処で露わになった欠点や不足に対応するため、我々は国の緊急管理制度を改善し、緊急かつ危険な任務に対処する能力を高めなくてはならない」と述べている。

 このスピーチについては最高指導部が対応の誤りを認めた点を取り上げる報道が多いが、全体を読むとむしろ地方政府の責任を強調する点が目立つ。武漢市の周先旺市長は1月27日、「地方政府は情報を得ても権限がなければ発表できない」と中央政府の責任を示唆し、注目を集めた。習氏が国家主席になってから、地方政府が中央の顔色をうかがう体質が強まっていることは事実だ。習氏のスピーチには、この地合いで完全に中央政府の責任を否定するのは得策ではないとの判断もあったかもしれない。

 新型肺炎の感染拡大を受けて、中国では市や村などの幹部の大量処分が進んでいる。武漢市に次いで感染者が多い湖北省黄岡市は共産党幹部337人を処分し、特に指導的な立場にあった6人の幹部は免職になっている。黄岡市長は1日、治療体制が整っていないと会見で訴えており、感染者が満足な治療が受けられない状況になっているとみられる。天津市や河北省など、その他の地方政府でも処分があった。

 中国本土の感染者数は2月4日までに2万4000人超となっているが、治療や検査体制が整っていない地域もあるため、実際にはこれ以上の感染者がいる可能性が高い。ガス抜きだけでは限界があり、国民の不満を抑え込むには新型肺炎をピークアウトさせるという結果で納得させるしかないだろう。流行が長引けば、国民の不満は中央政府にも向くことになりかねない。

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