半導体メモリー大手のキオクシアホールディングス(旧東芝メモリホールディングス)の社長に2020年1月29日付で早坂伸夫副社長が昇格した。19年夏から病気療養に入っていた成毛康雄前社長は、療養に集中するため、社長や取締役の役職から退任した。旧東芝時代を含め、約10年にわたり半導体メモリー部門を率いてきた成毛氏にとっては、無念の退任だろう。

2018年6月、東芝メモリの社長だった成毛康雄氏(右)は、米投資ファンドのベインキャピタルを中心とする日米韓連合傘下での戦略を説明した(写真:共同通信)

 「長年、協業してきたのはサンディスクで、ウエスタンデジタルとは信頼関係が築けていない」。東芝が米原子力事業の巨額損失で経営危機に陥り、資金確保のためにメモリー事業を売却する方針を固めた17年、当時、東芝の副社長だった成毛氏は記者団に何度もこう話していた。

 東芝のメモリー事業の買い手として名乗りを上げた米ウエスタンデジタルは、東芝が三重県四日市市の生産拠点を共同運営してきた米サンディスクを16年5月に買収していた。パートナーの親会社となったウエスタンデジタルへの売却に東芝経営陣が傾く中、最後まで抵抗したのが成毛氏だったとされる。東芝のフラッシュメモリー事業を育てた自負を持つ成毛氏にとって、「一般的に言われているような価値に比べてものすごく安い」(18年の日経ビジネスのインタビュー)金額を提示してきたウエスタンデジタルは許容できなかった。

 投資余力が期待できないことも成毛氏が抵抗した理由だった。東芝が強みを持ってきたNAND型フラッシュメモリーの事業で勝ち抜くためには積極的な投資が欠かせない。「メモリーは事業形態がインフラ系と異なる。資金調達の面も含めて、独立の方向に行った方がいいのではないかという話は(東芝がメモリー事業の売却を決める)以前からあった」(同)。フラッシュメモリー事業の自立のために、資金が潤沢な陣営への売却を模索し続けた。

 最終的に東芝のメモリー事業は米投資ファンドのベインキャピタルを中心とする日米韓の企業連合に2兆3億円で売却された。独立した東芝メモリは3年以内の新規株式公開(IPO)に向けて18年6月に再出発し、19年10月には社名を「キオクシア」に変更した。成毛社長の下、四日市工場に続く生産拠点として建設した北上工場(岩手県北上市)への設備投資をウエスタンデジタルと共同で実施する契約もまとめ上げた。

 ところが、経営の独立性を担保した一方で、フラッシュメモリーの市況が悪化し、四日市工場の停電もあって業績が低迷した。IPOに向けて成長の可能性を示さなければならないさなかでの社長交代。成毛氏にとっては無念の退任だろう。

 「まずは今まで示してきた路線できっちりやっていく」。早坂新社長は1月29日の就任会見でこう話した。四日市工場で一緒に働いた期間も長い成毛氏とは「同級生ということもあって、キオクシア全体の戦略や考え方をきっちり共有できている」(早坂氏)。

 ライバルの韓国サムスン電子は中国・西安市のフラッシュメモリー工場に80億ドル(約8800億円)の投資を決めるなど、攻めの手を緩める気配はない。東芝が発明したNAND型フラッシュメモリーの事業で勝ち抜くために成毛氏が勝ち取った自由を果たして生かせるか。キオクシアの経営はこれからが正念場だ。

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