「愛国ウイルス」の反逆
新型コロナウイルスには、中国のネット上で「愛国病毒」というニックネームが与えられている。日本語に訳せば「愛国ウイルス」だ。
中国当局の発表では、1月11日時点で国内の感染者は41人で武漢市内のみで、16日に新たに4人の発症が報告されたのも武漢市内だった。国内報道では「人から人への感染は確認されていない」など、影響は小さいことが強調され、報告されるのは武漢市内と海外事例ばかりだった。「武漢から他の都市には広がらず、その他の感染例は海外」という事実が「愛国」という表現の由来だが、日常的に情報統制がなされている中で感染情報の公開を疑問視する中国人なりの揶揄(やゆ)表現と解釈するのが素直だろう。
もちろんウイルスに愛国心があるはずがなく、状況は急変した。19日に武漢市内の患者数は一気に3倍近くに膨れ上がる。20日には広東省、上海市、北京市と武漢市以外の中国の都市での感染が報告され、患者数も291人に急増した。21日には440人、22日には571人と、感染拡大に歯止めがかからない状態だ。
ウイルスは変異によって人から人にうつるようになったり、悪性度が高まったりする可能性がある。そのため、急速に状況が悪化したのかもしれない。だが、感染の地理的、量的な急拡大を受け、中国当局の初期の情報公開体制を疑問視する声が半ば公然と上がり始めた。
中国はかつて重症急性呼吸器症候群(SARS)が発生した際の情報公開や共有に積極的ではなく、SARSは世界的に流行した経緯がある。英国の研究機関の研究者は、武漢市では1月12日時点で「合計1723人の患者が新型コロナウイルスに感染していたのではないか」と推計している。
習近平国家主席は20日、感染拡大防止のため、科学的見地から記者会見などを通じた情報公開を行うなどの「重要指示」を出している。北京の地元紙「新京報」は、「医療従事者への感染をなぜもっと早く知らせなかったのか。最悪のケースを想定して対応していればこれほど速く感染が拡大していなかったかもしれない」とSNS上で当局の対応を批判した。
人民日報系メディアである環球時報の胡錫進編集長は21日、自身の微博アカウントで「鍾南山教授が武漢の肺炎が伝染している事実を公開しなかったなら、武漢当局は公式に認める意志があったのだろうか」と非難し、「情報公開など簡単なはずなのに、一部の役人が引き延ばした」と指摘した。中国政府で保健衛生を担当する国家衛生健康委員会は22日に会見を初めて開き、「我々は情報公開を重視している」と情報公開の遅れを否定している。
新型肺炎の患者は海外では、日本、韓国、タイ、台湾、香港、マカオ、米国で報告されている。感染拡大を食い止めるには国際協力が必要になるだけに、最大の患者数を抱え発生地と見られる中国には情報共有の透明性が求められる。
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