多くの人に夢を配り、将来への幸福感を味わわせて、動かすすべを心得た人間をカリスマと呼ぶのなら、今の永守には何やらそのにおいが漂っている。

 だが、憑(つ)かれたようなハードワーク、強引さもいとわず「道理」の世界に引きずり込む力強さ、何事も徹底しなければ気が済まないかのような振る舞い…。常に「過剰」感のある永守のこの特異な動きは何に由来するのだろう。

 永守の年来の友人で、ニチコン社長の武田一平は、「大きな目標を掲げて、常に自身にプレッシャーをかけ続けている。止まったら倒れる自転車に乗っていると思っているかのようだ」と評する。

 しかし、当の永守の自己評は一段と振るっている。自身を「子供の頃からの小心者」と言い、「いつも先のことが気になって仕方ない」と話すのである。表面から見る永守は、常に開放的で饒舌であり、小心さなどは外からはうかがい得ないのだが…。

 永守曰く。「小学校の頃は、家で夜になると、次の日学校に持っていく教科書などが気になった。だからドアに翌日持っていくものを書いて、さらにその前でつまずいて嫌でもその紙に目がいくように物を置いたりもした。今でも、その性格は変わってない」。

 だが、小心はしばしば将来の不安を解消するための怠りない調査となり、周到な準備に転化する。例えば永守の名を世間に知らしめるきっかけとなった1990年代の果敢なM&Aも、小心さが生んだ準備活動だったと言う。

 90年代初めから、主力のスピンドルモーターの軸受け部分は、ボールベアリングを使用するものから流体動圧軸受けへ2000年頃には変わると業界では見られていた。しかし、日本電産に流体動圧軸受けを開発する技術はない。といって、自前で一から技術を開発する人的な資源もなかった。

 1995年に大手無段変速機・計測機器メーカー、シンポ工業(現・日本電産シンポ)、97年に日産自動車系の部品・計測機器メーカー、トーソク(現・日本電産トーソク)、98年に光学機器メーカー、コパル(現・日本電産コパル)に資本参加し、グループ内に取り込んだのは、その開発のためだったと言うのである。

 永守の成功は、小心さに裏打ちされた「判断力」、そして常に刻苦勉励をいとわない「克己心」、一方でいつも1番でなければ気が済まないと言い続ける強烈な「自己顕示欲・上昇欲」、さらには独特の開けっぴろげな「明るさ」と、人々に成功の果実をもたらし続ける「幸福配達人としての役割」。この五角形のバランスが不思議なほどに取れているところにあるのだろう。

 今も、そしてこれからも永守はこのバランスを1つでも崩すことはできない。やはり、走り続けるほかないのである。

=文中敬称略(編集委員 田村 賢司)

>>ウェビナーの参加を申し込む

この記事は会員登録でコメントをご覧いただけます

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、11年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「ケースで学ぶ「逆・タイムマシン経営論」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。