「日経ビジネスLIVE」とは:
「読むだけではなく、体感する日経ビジネス」をコンセプトに、記事だけではなくオンライン/オフラインのイベントなどが連動するプロジェクト

 AI(人工知能)やサブスク……。新しい技術や急成長するビジネスが登場するたびに、世間にはバズワードが流布する。だが、持続的に成長していくには、ブレない経営の軸が必要だ。「同時代性の罠(わな)」に惑わされないための、60分の思考訓練。毎回、注目企業をケースに、一橋ビジネススクール教授の楠木建氏と社史研究家・杉浦泰氏が解説する。

 第4回のテーマは「ヤマト運輸」。宅配便市場を切り開き、物流のイノベーターとして新しい生活スタイルを生み出してきた同社の経営を、過去に遡って分析する。

 今回はウェビナーに先立ち、1998年に日経ビジネスに掲載した小倉昌男氏による連載記事の初回を再掲載する。宅急便という革命的なサービスによって、日本の物流を大きく変えた小倉氏が自らの経営論を初めて綴り、40年に及ぶ経営者としての経験を基に独自の論理を展開している。

■こんな方におすすめ
+仕事の意思決定において、ブレない思考を養いたい方
+ヤマト運輸の経営に関心のある方
+楠木氏、杉浦氏の著書『逆・タイムマシン経営論』を読んだ方、もしくは興味がある方
+日ごろから、宅配便を利用している方
+企業の歴史、産業の歴史に興味がある方

>>参加を申し込む

■開催概要
テーマ:ケースで学ぶ「逆・タイムマシン経営論」
    ヤマト運輸 物流イノベーター、経営の要諦(仮)
開催:2021年4月27日(火) 20:00~21:00
受講料:日経ビジネス電子版の有料会員:無料(事前登録制、先着順)

※有料会員でない方は、まず会員登録をした上で、参加をお申し込みください(月額2500円、初月無料)

20:00 オープニング
20:05 ヤマト運輸の戦略と事業環境の変遷を、宅配便のサービススタート時にまで遡りながら分析。「逆・タイムマシン経営論」の視点から、楠木氏、杉浦氏が同社の強さを分析する。
20:45 質疑応答
21:00 クロージング

■講師

楠木建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1992年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了、一橋大学商学部専任講師、同助教授、同大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授を経て、2010年から現職

杉浦泰(すぎうら・ゆたか)
社史研究家兼ウェブプログラマー
1990年生まれ、神戸大学大学院経営学研究科を修了後、みさき投資を経て、現在は社史研究家兼ウェブプログラマーとして活動。社史研究は2011年からスタートし、18年1月から長期視点をビジネスパーソンに広める活動を開始(ウェブサイト「決断社史」)。現在はウェブサイト「The社史」を運営する

■教材
+楠木建・杉浦泰著『逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知』(日経BP)
逆・タイムマシン経営論 第1章 飛び道具トラップ
逆・タイムマシン経営論 第2章 激動期トラップ
逆・タイムマシン経営論 第3章 遠近歪曲トラップ

■小倉昌男元ヤマト運輸会長のわが体験的経営論
第1回 宅急便の開発
ネットワーク作りが不採算覆す

宅急便という革命的なサービスによって、日本の物流を大きく変えた
元ヤマト運輸会長の小倉昌男氏が、自らの経営論を初めて綴(つづ)った。
40年に及ぶ経営者としての経験を基に独自の論理を展開。
市場創造論、組織論、企業倫理などについて4回にわたって連載する。第1回は、宅急便の開発と、それに伴う官との戦いがテーマだ。

*「日経ビジネス」1998年10月05日号より。固有名詞や肩書、数字などは掲載当時のママ。読みやすさや時代背景を考慮し一部表現を改めた部分があります。

ネットワーク作りが不採算覆す

小倉昌男氏(2001年1月撮影、写真:清水盟貴)

 宅急便を開始したのは、1976(昭和51)年2月である。当時、家庭から小荷物を送ろうとすると郵便小包による以外方法はなかった。そこに宅急便が殴り込みをかけたのである。しかし76年度の郵便小包の実績1億7880万個に対し、同年の宅急便の実績はわずかに170万個と、1%にも満たなかった。

 国内の貨物輸送の市場は、大きく2つに分かれる。1つは、商取引に伴い生産者から流通業者を経由して消費者に至る、商業貨物輸送の市場である。貨物は毎日定期的に出荷され、経路は定型的、反復的で、輸送量もまとまっているから、運送業者はもっぱらこの市場で仕事をし、競争している。

 いま1つは、商取引とは全く関係のない、市民同士の間で荷物をやり取りする、いわゆる宅配の市場である。こちらは極めて偶発的に1個の荷物が家庭から出され、行き先もまちまちで、非定型的な輸送需要である。運送業者にとって採算が合うとは絶対に考えられなかったので、1社も参入していなかった。営利を目的としない郵便局の独占的な市場だったのである。

 ではヤマト運輸は、採算が合わないと考えられていた宅配市場になぜ参入したのか。

 経営者は、過去に成功体験があるとそれにこだわり、往々にして経営の路線を誤ることがある。その後の環境の変化を見誤るからである。ヤマト運輸の当時の社長、小倉康臣もそうであった。戦前、100km以内の近距離路線で成功したことにこだわり、東京―大阪間500kmの長距離輸送に進出した西濃運輸に追従することを許さなかった。やっとの思いで説得し、東京―大阪間の免許申請にこぎ着けたものの、規制行政の壁に阻まれ、ようやく免許を得たのは西濃に遅れること十年余の59年。積み荷確保の困難さに、後発の悲哀を嫌というほど味わったのである。当時、売上高に対する経常利益率は、1%台まで落ち、経営は極めて苦しかった。

 経営危機に対する起死回生の策として、私は全く新しい市場、つまり宅配に活路を求めたのである。

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