鈴木敏文氏(撮影=2016年、写真:的野弘路)
鈴木敏文氏(撮影=2016年、写真:的野弘路)

「伊藤さんは僕の考えを追認」

 鈴木は退任後、日経ビジネスによるインタビューに複数回、応じている。そこで幾度となく語られたのが、伊藤との絶妙で、かつ、微妙な関係だった。

 「資本と経営の分離」──。

 鈴木は、退任の意向を表明した(2016年)4月7日の記者会見で、背景にある考えをこう表現した。資本とは創業家、突き詰めれば伊藤のこと。経営とは鈴木自身を指す。それこそが、鈴木が半生をかけて守り抜いてきた“雇われ社長”としての矜持だからだ。

 「伊藤さんは、僕がやることに『いいよ』と言うことはほとんどなく、反対ばかり。伊藤さんだったら、コンビニなんかやらなかったでしょうね。絶対に」

 「もちろん、僕はずっと自分を無くそうと努力してきた。だから、伊藤さんも僕をずっと使ってこられたのだと思う。それに、僕のやってきたことは、幸いにして成功してきたから、伊藤さんは僕を追認し、一切を任せてきた」

 その姿勢は、鈴木が1963年、まだ5店舗しかなかったイトーヨーカ堂に東京出版販売(現トーハン)から転職して以来、ずっと守ってきたものだ。オーナーには「無私」の態度で接しつつ、新たな仕事に挑戦し、成功して信頼を得る。しかも鈴木は他人の反論を許さないほど理詰めで考え抜き、強烈なトップダウンで実行する。

 「発想というものは、他人の意見を聞くことじゃないんだと、自分の人生を振り返ってみて僕は思う。もし、コンサルタントや学者などの意見を聞いていたら、今日はなかったと思うよ。経営に集団指導体制なんて、基本的にあり得ない。必要なのは、ボトムアップではなくてリーダーシップですよ」

 この鈴木の矜持が、セブン&アイを売上高で10兆円(コンビニ加盟店の売上高含む)を超える巨大グループに成長させていったのである。

 「おだてるつもりで言っていたんだろうと思うけれど、伊藤さんは『おまえの方が俺より頭がいいよな』ということを、しょっちゅう言っていた」

 ヨーカ堂に入った鈴木は、「営業以外のほとんどを担当し、仕事の貫徹だけを考えてきた」と振り返る。会社のために仕事をすることは、「伊藤のため」とほぼ同義だった。「だって、僕がヨーカ堂を始めたわけじゃないものね」

「悔いは残らない」

 だが、創業家との関係が変化し始めたことを、鈴木は人事案を巡る混乱で感じたようだ。退任を表明した記者会見で創業家について「世代が変わった」と述べるにとどめ、詳細は今も語らない。鈴木の側近らによれば、高齢の伊藤に代わり子供の世代が資産管理などで実権を握るようになったのだという。

 「もう嫌になってしまってね。僕は潔癖性だから」

 もし創業家の会社との関わり方が変わらなければ、経営から自ら退く決断はしていなかったのかもしれない。

 「今回の件がなかったら、なかなか辞めるチャンスがなかった。いいきっかけでした。だから、悔いが残るということはないんだよね。自分で辞めると言ったのであって、辞めさせられたわけじゃないのだから」

 鈴木が生み出したコンビニは、小売りの枠組みを超えて日々の生活を支えるインフラとして根付いている。日本人の生活を変えた鈴木の経営手腕については、既に多くが語られてきた。

 だが、退任した今だから語られる物語がある。変化に挑み続けた鈴木敏文の率直な語りを基に、巨大流通コングロマリットに君臨した孤高の経営者の人生を、新たに読み解いていく。

第1回:辞めさせられたわけではない
第2回:中内さんの下だったら1年で辞めた
第3回:お金がなかったから、強くなった
第4回:業界のことなんて、何も知らない
第5回:コンビニは終わっていない
第6回:百貨店もっと商品力あるかと思った
第7回:米セブン買収、再建に自信あった
第8回:スーパーは米国の物まねだ
第9回:ヨーカ堂は、やっぱり変わらなかった
第10回:60歳過ぎたら引退と思っていた



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