不妊治療の保険適用などを打ち出した菅義偉政権は、安倍晋三政権に引き続き少子化対策に力を入れる姿勢を示している。
1989年、日本の出生率は1.57となり、いわゆる「1.57ショック」が起きた。それ以降、少子化対策の必要性が叫ばれ続けて、時の政権も少子化対策を打ち出してきてはいる。しかし、出生数は2016年に100万人を下回り、19年には90万人をも割り込んで、減少の一途をたどっている。
状況が打開しない中、少子化問題はどのように捉えるべきなのか。
日経ビジネス電子版の議論の場「Raise(レイズ)」の新シリーズ「みんなで考える日本の政策」では、第1弾として少子化対策を取り上げる。最初に意見を聞くのは、『これが答えだ!少子化問題』(ちくま新書)などの著書を持つ、東京大学大学院教授の赤川学氏。赤川氏は著書の中で、そもそも少子化対策として実施されてきた政策の有効性に疑問を呈してきた。
日本では1990年代から少子化の問題が指摘されてきましたが、安倍政権時の2016年には出生数が100万人を割り込みました。まず、これまでの少子化対策をどうように評価していますか。
赤川学・東京大学大学院教授(以下、赤川氏):「こうすれば少子化に歯止めがかかる」と、少子化対策に過剰な期待をするのはいかがなものなのかと思います。実際、様々な対策をしてきたにもかかわらず、子供の数は全く増えていません。

1967年生まれ。東京大学大学院人文社会研究科社会学専攻博士課程修了。博士(社会学)。現在、東京大学大学院人文社会系研究科教授。著書に『子どもが減って何が悪いか!』『これが答えだ!少子化問題』(いずれもちくま新書)など。
分かりやすい例では、「女性が働けば、子供が増える」という通説です。「M字カーブ」の解消が、少子化対策になるという理論です。
例えば2014年に日本創成会議・人口減少問題検討分科会が公表した「ストップ少子化・地方元気戦略」でも、少子化対策と働きやすい環境を作ることは関連性があるとして語られていました。
現在、M字カーブは解消されつつあります(図参照)。しかし、1995年に1.42だった出生率は2019年に1.36。働く女性が増えたとしても、少子化対策として効果がないことは証明されてしまっています。
フランスやスウェーデンなどの国を見れば、働く女性が増えれば出生率も上がるという理論になります。ただ、一部の他国でうまくいっていても、日本でもうまくいくとは限らないのです。また近年、子育て支援大国とされたフィンランドの出生率は、日本以下になりました。
検証不可能な議論をしても無駄
これまでの少子化対策は、対策になっていなかったということですね。ただ、2005年に1.26まで落ち込んだ出生率は多少持ち直しているという見方はできないのでしょうか。
赤川氏: 「子育て支援策をしなければ、出生率はもっと落ち込んでいたはずだ」という主張も聞きます。ただ、検証不可能なので無駄な議論でしかありません。
もう1つの意見が、「支援の程度が足りていないから効果が表れていない。もっと財政支出を増やすべきだ」というものです。もちろん年間10兆円ぐらいつぎ込んで、壮大な社会実験をしてみるのはいいかもしれません。ただ、効果は非常に限定的なように感じます。
現在の日本の少子化対策は、主に共働き世代が恩恵を受けられるものでした。待機児童問題もそうですし、「ワークライフバランス」に関連する政策がそうです。
ただ、少子化の原因を分解すると、結婚しない人が増えていることの効果が9割を占めているのです。
今の日本の方向性で対策をしたとしても、共働き夫婦への支援が主軸になるので、少子化を食い止める上ではそれほどインパクトはないと思われます。すでに結婚している人が、2人目、3人目を産みやすくという政策に、どこまで効果があるのかは疑問です。
働く女性はむしろ結婚しにくくなる?
結婚しないことが、少子化の大きな要因になっているという話ですね。赤川先生も、女性は自分よりも学歴や年収の高い人と結婚したがる傾向にあると著書で指摘しています。働く女性はむしろ結婚しにくくなっているのでしょうか。
赤川氏:かつては女性が社会進出することで、女性が自立して生きられるようになるので、学歴や年齢に関係なく結婚相手を選ぶようになるといわれてきました。相手の学歴や収入が関係なくなるので、女性も男性も結婚しやすくなるという考えですよね。
ただ、これまでは、出会いの場が、学校や職場が中心であったため「同類婚」が多い傾向はあるにせよ、自分より学歴の低い男性と結婚する女性は多くはありません。これは女性だけの責任ではなくて、男性側も高学歴の女性を敬遠してしまうという傾向は強く残っているでしょう。
女性の社会進出が進みましたが、婚姻数が増える状況に至っていないことも過去の仮説が間違っていたことを証明しています。