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自分が望むキャリアを主体的に築いていくにはどうすればいいのかを、「マーケティング」の観点から学ぶシリーズ「“働く”をマーケティングする」。一般社団法人マーケターキャリア協会(MCA)理事の富永朋信氏らを講師に招き、読者の皆さんと一緒に議論をしながら、マーケティングのエッセンスをキャリア形成に生かす方法を身に付けます。

議論は全8回、以下の各章で2回ずつ実施します。

第1章 あなたをブランド化する
第2章 相手の気持ちを読む
第3章 ポジショニング
第4章 マーケティングを武器にする

今回から第2章「相手の気持ちを読む」に入ります。それでは皆さま、お楽しみください。

(写真:PIXTA)

 皆さん、こんにちは。一般社団法人マーケターキャリア協会(MCA)理事の富永朋信です。日経ビジネス電子版でお届けしている「“働く”をマーケティングする」シリーズ、今回から第2章「相手の気持ちを読む」に入ります。

【第2章】相手の気持ちを読む
お題(3)[議論]買いそうで買ってくれない見込み客の気持ちをどう読むか?

 コンピューターや通信手段がいくら発達しても、最終的に仕事を行うのは人間。そしてどのような仕事でも、大抵は複数人で構成されるチームで進めます。

 そうなると、いかに円滑にチームを機能させるか、いかにチームメンバーへ的確に意図を伝え、業務が正しい方向で進むようにコミュニケーションするか、といったことが、より良い成果の要諦になるわけです。

 翻って、皆さんの職場で起きているリアリティーを考えてみてください。

 営業とマーケティング、財務と営業など、同じ会社の中で2つのセクションがいがみあっている――。そんなことはありませんか? 本来は1つの会社がワンチームであるべきことを考えれば、実に奇妙でもったいない話です。

 あるいは、自分より何階層か上の役員から、組織の階段を伝って降りてきた指示の意図が全くわからない。思い切って本人にぶつかってみたら、聞いていた内容と全然違う――。こんなことはありませんか?

 広告主の立場で広告代理店の営業担当に口頭で業務を発注したら、まるっきり意図と違う提案が出てきた――。こんなこともあるでしょう。

 この種のエピソードは、チームで仕事をすると必ず発生する伝言ゲームの難しさを表しています。「的確に意図を伝えること」はチームで行うと、より難しいのです。

 もう1つ。特に複数の部署や企業にまたがるプロジェクトなどで、他部門・他社の人から、常にあさっての方向を向いたフィードバックが返ってくる、あるいは同じ部署の先輩が人の家に土足で踏み込んでくるような押しの強いスタイルで閉口する、といった経験はないでしょうか?

 一度このような状態に陥ると、コミュニケーションそのものが苦痛になり、業務不全を起こします。なぜこのようなことが起きるのでしょうか?

 本稿では上記の問題を「チームのいがみ合い」「伝言ゲームの難しさ」「コミュニケーションの苦痛と機能不全」として、なぜそのようなことが起きるか考えてみましょう。

「チームのいがみ合い」はなぜ起きる?

 まず「チームのいがみ合い」について、私の経験を紹介させてください。

 私が以前参加した20人程度の研修で、講師が参加者をA、Bの2チームに分けました。研修室の黒板には野球のスコアボードのようなものが書いてあり、3ゲーム分の両チームのスコアと、その合計が記録できるようになっていました。

 ゲームのルールは以下のようなものでした。

  • クイズを書いたカード100枚(=100問)が提示される
  • 1ゲーム1分の中で、次々にクイズを選び、なるべくたくさん解く
  • クイズを解いて獲得できるスコアは、問題の難易度によって1問当たり1~3点
  • 意地悪カードがある。正解すると他チームの点数をゼロにできる。ただし間違うと自チームの点数が半分になる。
  • ラッキーカードがある。正解すると自チームの点数が3倍になる。ただし間違うと他チームの点数が2倍になる
  • 誰かが一度選んだカード(問題)はもう選べない
  • 目標はより高いスコアを目指すこと

 Aチームに所属していた私は、いかにBチームを出し抜くかを考え、AのスコアはBのそれを上回りました。

 勝利に興奮しているAチームの面々に講師が放った一言は衝撃的でした。

 「このゲームは両チームが協働するともっと良いスコアが取れるのに、なぜ競争したのですか?」

 夫婦、会社の部署、隣国同士など、色々な関係を考えてみても、2つの人や集団があるとき、どうも人間は、自動的に対抗意識を持つようにプログラムされているようです。

 人間には、比較参照点(リファレンスポイント)、すなわち損得を判断する基準を恣意的に設定する性質があると行動経済学で指摘されていますが、これが対抗意識の源泉としてあるのかもしれません。