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読者の皆さんと一緒に親、そして自分自身の「老い」とうまく付き合うための「エイジングリテラシー」を学ぶシリーズ。前回までは認知症など「脳の老化」について学んできました。今回からは、講師にリクシス(東京・港)の酒井穣副社長 CSO(最高戦略責任者)を招き、仕事と介護の両立について学びます。酒井副社長は、在宅勤務が仕事と介護の両立を容易にするという発想に、疑問を投げかけます。ぜひ、皆さんのご意見をお寄せください。

(写真:PIXTA)

議論のテーマ(4)
在宅勤務しやすい環境ができて、いざ介護となった場合も、仕事と介護の両立が楽になるのではないかと思っています。実際は、どうなのでしょう?

 こんにちは、リクシスの酒井穣です。私は10代の頃から、これまで30年近くにわたり、仕事と介護を両立してきました。大介護時代の到来を受けて、こうした自らの経験を生かしたいと考え、2016年に、佐々木と共にリクシスを創業しました。2018年には『ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由』という本を出版していますので、よろしければ、そちらも読んでいただけたらうれしいです。

 さて、「老いに備える『エイジングリテラシー』講座」の第7回は、在宅勤務が介護に与える影響について考えてみます。まず、結論から先に述べさせてもらうと、在宅勤務は、仕事と介護の両立をかえって難しくする可能性があります。在宅勤務しやすい環境は、ビジネスパーソンに対して、これまで以上に高度な自己管理を要求するからです。

 在宅勤務と介護の関係について考える前に、まず、仕事と介護の両立が破綻してしまうケースについて、信頼性の高い研究成果をいくつか振り返ってみたいと思います。

介護時間が平日2時間、休日5時間を超えないこと(介護離職ライン)

 そもそも、仕事と介護の両立を実現するには、介護のために必要となる負担を許容範囲内に収める必要があります。ここでいう介護の負担としては、金銭的負担、肉体的負担、精神的負担、時間的負担などが知られています。

 こうした負担の中では、まず、時間的負担が少ないことが、仕事と介護の両立を成功させる要素になるでしょう。時間的負担がビジネスパーソンの就業継続にどう影響するのかを考えるに当たり、明治安田総合研究所による、親を介護した経験のある2268人に対する調査報告(2015年)をご紹介しましょう。

 この調査では、介護時間が、介護離職の意思決定に大きな影響を与えている可能性が示されています。以下のグラフをみてください。

継続就労者と介護専任者(離職前)の介護時間
(出所:力石啓史、2015年、『仕事と介護の両立と介護離職に関する調査結果』、 生活福祉研究、 通巻89号)

 この調査では、仕事のある平日の2時間、仕事のない休日の5時間程度が、仕事と介護の両立を決めるボーダーラインであることが示唆されました。まずは、このボーダーラインを意識して、時間的負担をコントロールするための具体的な方法を考える必要があるでしょう。

同居をともなう在宅介護は時間的負担が大きい

 介護とはいっても、親と別居しての介護と、同居での介護では意味が異なります。別居での介護は、基本的に、家に来て生活支援や身体介護を手掛けてくれる訪問ヘルパーや、デイサービスなどの支援を利用した間接介護になります。これに対して、親と同居している場合、介護保険での生活援助が(実質的に)受けられなくなるため、どうしても直接介護(自分の手を動かす介護)が増え、介護時間が長くなる傾向があります。

 ここで生活援助とは、掃除、ゴミ出し、洗濯、料理、買い物、薬の受け取り、ベッドメークといった、日常生活の継続に必要となる援助のことです。介護が必要になると、こうした援助がなければ生きられない場合があります。これらの生活援助は、同居している健康な人がいる場合、非常に受けにくくなるのです。

 2019年の国民生活基礎調査によれば、そもそも同居して在宅介護をする人の約3割が、介護時間2時間のボーダーラインを越えてしまっていることが分かります。また、要介護度が高くなるにつれ、介護時間が増えていく傾向があることもはっきりと分かります。

要介護度別にみた同居の主な介護者の介護時間の構成割合
(出所:厚生労働省、 『2019年 国民生活基礎調査の概況』)

 もちろん、それぞれに事情が異なります。要介護度が高い家族(大半は親御さんでしょう)と同居していても、介護時間が少ない人もいる事実には希望もあります。ただ、要介護度4以上の親御さんと同居している方の約77%が1日2時間以上、介護に時間を割いているという調査結果からは、長期的に考えると、親御さんとの同居は仕事と介護の両立に対して、厳しい環境となる可能性が高いといえそうです。