読者の皆さんと一緒に親、そして自分自身の「老い」とうまく付き合うための「エイジングリテラシー」を学ぶシリーズ。前回までは「免許返納」など高齢ドライバーのリスクを考えてきました。今回からは、「脳の老化」について考えます。講師は、企業向けに仕事と介護の両立支援サービスなどを手掛けるリクシス(東京・港)の佐々木裕子社長CEO(最高経営責任者)。ぜひ、皆さんのご意見をお寄せください。

議論のテーマ(3)
最近、高齢の親の「物忘れ」が以前より増えてきたような気がしています。心配は尽きませんが、まだ病院に連れて行くほどでもないかとも思います。一体どうしたらいいでしょうか。
こんにちは、リクシスの佐々木です。さて、老いに備える「エイジングリテラシー」講座。3つ目のテーマは、「脳の老化」への不安や、その対応方法についてです。
「脳の老化」に関する研究は、ここ数年で飛躍的に進んでいますが、その背景にある最も強い危機感の1つが、高齢化に伴う「認知症患者の急増」です。
認知症の有症率を年齢別にみると、75歳くらいになると10人に1人、95歳を超えると7~8割の方が認知症になるといわれています。
食料事情や生活習慣の変化、医療技術の進歩などによって寿命が延び、「人生100年時代」になってくると誰もがなり得る、まさに「高齢社会を象徴する疾病」、といえるでしょう。
実際、世界でみても3秒に1人のスピードで認知症になる方が増えていますが、既に高齢化が急激に進みつつある日本では、2030年は800万人、2050年には1000万人が認知症にかかると予測されています。つまり、2050年には、全国民の10人に1人が「認知症」という世界、つまり誰もが認知症を身近に感じて生きる時代が来ることになるのです。
一方、「脳の老化」=「認知症」か、というと必ずしもそうではありません。
脳の老化のメカニズム、認知症発症のメカニズムについては、最新の研究で様々なことが分かり始めています。ここから先は、「脳の老化」とは何か、「認知症とは何か」について、最新研究結果とともに前提理解を深めていきたいと思います。
脳の萎縮は30代から始まっている
「脳のしわが増える」とよく言いますが、私たちの脳は、実際に年をとるにつれて少しずつしわが深く大きくなっていきます。これは、徐々にではありますが、脳が萎縮しているからです。
脳が萎縮する主な原因の1つに、「神経細胞数の減少」があります。生まれてからしばらくは、脳はどんどん成長し体積も大きくなっていくのですが、30代くらいを境に、毎日およそ10万個の神経細胞の「脱落」が起きていきます。これにより脳全体のボリュームが小さくなっていくのです。
この結果、脳は30代から年間平均で0.2%程度で萎縮し始めます。70代になるとこの萎縮のスピードが年平均0.5%に加速、75歳になるとだいたい30代のときの脳より1割は軽くなるといわれています。
もっとも、これらはあくまで平均であり、実際の脳の萎縮スピードはかなりの個人差があります。また、脳には強い補完性があり、神経細胞が多少減ったとしても、残った神経細胞ネットワークのつながりによって脳の機能が保持されていきますから、神経細胞が減り始めたからといって、いきなり日常生活に支障をきたす、ということはありません。
実際、「人の知能はいつピークを迎えるか」を解析した米マサチューセッツ工科大学の脳科学研究によれば、一般的な記憶力・情報処理能力のピークは18歳前後であるものの、集中力のピークは43歳、新しい情報を学び理解する能力のピークは50歳、語彙力のピークは60代後半から70代前半だと分析しています。
脳の萎縮は30代から始まっているにも関わらず、脳のピーク年齢が機能によって多岐にわたるのは、加齢によって脳全体が一度に萎縮していくわけではないこと(場合によっては年齢を積み重ねることで成長する部位も存在すること)、また脳細胞の数に依存しない、「経験を積む」ことによって成長する知能があることを意味しています。
一方、年を重ねていくと、脳神経細胞の量が減るだけでなく、血流の変化などによって神経細胞ネットワーク同士のつながりがうまくいかなくなることも増えていきます。これが一定以上のレベルになってくると、「若いときほど俊敏に動けない」「思い出すのに少し時間がかかる」という老化現象が発症してくるわけです。