人生100年時代、高齢の親の介護のみならず、自分自身の「老い」の現実とどのように向き合い、仕事と両立させていくかは、社会的に大きな課題となっています。「老いに備える『エイジングリテラシー』講座」では、企業向けに仕事と介護の両立支援サービスなどを手掛けるリクシス(東京・港)の佐々木裕子社長CEO(最高経営責任者)と酒井穣副社長CSO(最高戦略責任者)を講師に、読者の皆さんと一緒に親、そして自分自身の「老い」とうまく付き合うためのヒントを学んでいきます。

 前回の記事では、次のようなテーマについて、読者の皆さんのご意見を募集しました。

議論のテーマ(2)
新型コロナウイルス感染予防のための外出自粛以降、遠方に住む親の様子を聞くと、家に引きこもりがちになってしまっているようです。どうしたらいいでしょうか。

 今回は、皆さんから寄せられたご意見を踏まえ、免許返納を促すかどうかについて、考えてみたいと思います。

■お知らせ
本シリーズの著者、リクシスの佐々木CEOを招いたオンライン座談会を9月11日(金)18時から開催します。応募締め切りは9月6日(日)まで。ご応募いただい方の中から編集部で選考し、ご参加いただく方に招待メールを8日(火)までにお送りいたします。詳細は記事最後の告知をご覧ください。

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(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

 皆さん、こんにちは。リクシスの佐々木です。第2回のテーマである、高齢者の運転免許返納問題について、皆さんからたくさんのご意見を頂きました。ありがとうございます。

 今日は皆さんの声を紹介しながら、具体的な対応策・解決策を模索していきたいと思います。

  (※コメントの引用は読みやすくするため、表記や言い回しなどを一部変更しています)

「安全運転寿命」を延ばすことは、本当にできないのか?


ツルの里
 
私の場合、田舎(人口400人程度のいわゆる限界集落)に最低4回帰省して、留守宅や休耕田の維持などの仕事をします。住民の年齢も70歳以上です。数年前より朝夕1回のバス運行も停止されております。また、タクシーを利用する場合、最寄りの駅より、作業する留守宅までは片道13000円ほどで、コンビニエンスストアもないため、昼食やちょっとした買い物も、タクシーを使うことは経済的に不可能です。このような現実から、車やレンタカーを利用しない限り、半日も生活できません。

 前回も触れましたが、この方のように、現在運転を継続されている高齢者の多くが、生活を支える代替交通手段がない、もしくはあったとしても著しく不便・高額であるために、大前提として免許返納は難しいと考えているのが実態だと思います。

 上記のケースにおいて「免許返納」という手段は、社会的な事故発生リスクは回避できるものの、その方の日々の生活手段を奪うという大きな代償と犠牲を伴います。

 本当に解かなければならないのは、こういった方々の「生活手段を維持しつつ、事故発生リスクをいかに回避するか」という問題です。

 声高に叫ばれる「免許返納」以外のリスク回避策は、本当にないのでしょうか。ここからは、加齢による運転リスクを可能な限り低減し、「安全運転寿命」を延ばせる手段の可能性について、新たな選択肢とともに模索していきたいと思います。

テクノロジーを活用:「ハード面」でリスクを低減

 2019年6月。国連の「自動車基準調和世界フォーラム」で、乗用車などのいわゆる「自動ブレーキ」の国際ルールが成立しました。国連加盟国のうち日本を含む40カ国が、自動ブレーキの車両搭載義務化に合意したのです。これに基づき、日本では2021年11月より販売される全ての新型車に、自動ブレーキ機能の搭載が義務付けられることとなります。

 なお、ここでいう「自動ブレーキ」は、正確には「衝突被害軽減ブレーキ(Advanced Emergency Braking System =AEBS)」と呼ばれており、一定以下の速度で車両が対象物(車や人)に近づいているのに運転者がブレーキを踏まない場合、衝突回避のための自動ブレーキがかかる機能のことを指します。

出所:国土交通省の資料(AEBSの主な試験方法)を基に編集部で作成
出所:国土交通省の資料(AEBSの主な試験方法)を基に編集部で作成
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 メーカーがAEBSを新車に搭載し始めたのは2012年ごろからですが、2020年現在では販売に占める同装置の新車装着率は既に9割を超えています。義務化前でも、車を買い替えればほとんどの場合、AEBSは標準整備されているといっても過言ではないでしょう。

 もちろん、AEBSが装着されたからといって全ての交通事故を回避できるわけではありません。ただ、交通事故総合分析センターが発表したリポートによると、AEBSの有無により追突事故は半減する(普通乗用車で51.3%、小型乗用車で62.1%、軽乗用車では47.3%)という分析結果が出ています。導入によるリスク低減効果は決して低くないといえるでしょう。

 また、最近では、高齢者に多いアクセル・ブレーキペダルの踏み間違い対策として、「ペダル踏み間違い急発進等抑制装置」を搭載する車種も増えており、新車搭載率は約7割にもなっています。後付け装置も各自動車メーカーなどから数万円で販売されています。

 経済産業省は2020年3月9日、これらの先進安全技術が搭載されている車種を「サポカー」と呼び、65歳以上が新たにサポカーを購入する場合(または後付け装置を購入する場合)には、上限10万円までの補助金を出す「サポカー補助金制度」を開始しました。

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 もちろん出費も伴いますし、全てのリスクをカバーできるわけではありませんが、新しいテクノロジーを活用したリスク回避は、これからの時代の有力な選択肢の1つになりえると思います。

運転技術の改善:トレーニング介入による「ソフト面」で回避

 ハード面でカバーし切れないリスクは、ソフト面、つまり個人の運転技術を改善していくプロセスによって担保していく必要があります。

 国立長寿医療研究センターから、最近、とても興味深い研究成果が発表されました。研究では高齢者を2つのグループに分け、片方のグループには週1回、合計10回の実車再教育(視覚やミラーの角度など、安全運転にフォーカス)を教習所で行い、シミュレーターなどを用いて、視覚トレーニングや危険予測トレーニング、高齢者特有のリスクに関する講習を実施しました。

 この「介入グループ」と「非介入グループ」に対し、仮免試験と全く同じ方法で事前・事後の実車運転試験を行い、その結果を比較しました。その結果、「非介入グループ」はその後、運転技能のスコアの低下が若干見られた一方、「介入グループ」のスコアは飛躍的に改善し、1年後も相応の運転技術レベルを持続していたことが分かりました。

 つまり、高齢者の安全運転技能は、「教習等の介入によって自らの課題を自覚してもらい、注意喚起することで相応に改善し、その効果は持続する」ということが、実験で明らかになったのです。

出所:国立長寿医療研究センターの資料を基に編集部で作成
出所:国立長寿医療研究センターの資料を基に編集部で作成
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次ページ 「実車試験」と「サポカー限定免許」

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