人生100年時代、高齢の親の介護のみならず、自分自身の「老い」の現実とどのように向き合い、仕事と両立させていくかは、社会的に大きな課題となっています。「老いに備える『エイジングリテラシー』講座」では、企業向けに仕事と介護の両立支援サービスなどを手掛けるリクシス(東京・港)の佐々木裕子社長CEO(最高経営責任者)と酒井穣副社長CSO(最高戦略責任者)を講師に、読者の皆さんと一緒に親、そして自分自身の「老い」とうまく付き合うためのヒントを学んでいきます。

 前回の記事では、次のようなテーマについて、読者の皆さんのご意見を募集しました。

議論のテーマ(1)
 新型コロナウイルス感染予防のための外出自粛以降、遠方に住む親の様子を聞くと、家に引きこもりがちになってしまっているようです。どうしたらいいでしょうか。

 今回は、皆さんから寄せられたご意見を踏まえ、引きこもりのリスクと健康維持について解説します。

(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

 皆さんこんにちは。リクシスの佐々木です。第1回のテーマである、新型コロナ感染予防のために外出を控えている親御さんの健康維持について、皆さんからたくさんの事例やお悩み投稿を頂きました。ありがとうございます。

 今日は皆さんの声を紹介しながら、具体的な対応策・解決策を模索していきたいと思いますが、その前に、まずこのテーマの大前提となる、「運動」や「人とのつながり」が老化や健康に与える影響について、最新の研究結果をご紹介したいと思います。

運動と栄養で足の筋力維持を─フレイル予防の基本

 人は年を取るとだんだんと体の力が弱くなり、外出する機会が減り、病気にならないまでも手助けや介護が必要となってきます。 このように心と体の働きが弱くなってきた状態を医学的に「フレイル(虚弱)」と呼びます。このフレイル状態を左右する最も重要なファクターが、実は足腰の筋肉量なのです。

<span class="fontBold">佐々木裕子(ささき・ひろこ)氏</span><br>リクシス 代表取締役社長 CEO。東京大学法学部卒。日本銀行を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーで同社アソシエイト・パートナーを務める。マッキンゼー退職後、チェンジウェーブを立ち上げ、企業の「変革」デザイナーとしての活動を開始。変革実現のサポートや変革リーダー育成、個人や組織、社会の変革を担いつつ、複数の大手企業のダイバーシティ推進委員会有識者委員にも就任。自身の子育てに加え、愛知県在住の80代両親の介護も始まり、2016年にリクシスを酒井穣と共に創業。多様性推進の目的と現実を理解しながら、画期的な両立支援の在り方を追求する。
佐々木裕子(ささき・ひろこ)氏
リクシス 代表取締役社長 CEO。東京大学法学部卒。日本銀行を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーで同社アソシエイト・パートナーを務める。マッキンゼー退職後、チェンジウェーブを立ち上げ、企業の「変革」デザイナーとしての活動を開始。変革実現のサポートや変革リーダー育成、個人や組織、社会の変革を担いつつ、複数の大手企業のダイバーシティ推進委員会有識者委員にも就任。自身の子育てに加え、愛知県在住の80代両親の介護も始まり、2016年にリクシスを酒井穣と共に創業。多様性推進の目的と現実を理解しながら、画期的な両立支援の在り方を追求する。

 ヒトの 筋肉量は自然な状態だと30歳代から10年ごとに3~8%ずつ減少し、人生を終えるまでに約30%の筋力が失われるとされています。若者であれば多少運動しなくてもさほど筋肉量は減りませんが、残念ながら高齢者は、10日間動かないと7~8年分の筋力が失われるといわれています。高齢になればなるほど、筋力を保持し続けるための運動量と十分なタンパク質の摂取が必須になってくるわけです。

 ここで運動量が減ってしまうと、筋肉量が減り、基礎代謝量が減り、食欲も減退します。そうすると低栄養になり、筋力を維持し続けることができない。結果、さらに運動量が減り、筋力が落ち、基礎代謝が落ちるという悪循環が始まります。これが「フレイル状態」から「要介護状態」へ進行してしまうメカニズムなのです。

運動は細胞の老化を防ぎ、脳の認知機能を保つ

 また、最新のゲノム研究では、運動が、細胞や遺伝子レベルで老化を鈍化させる効果があることが明らかになっています。

 ヒトの体は約37兆個の細胞でできていますが、その細胞が常に細胞分裂を起こして生きています。この細胞分裂には染色体の先についている「テロメア」が必要なのですが、このテロメアは細胞分裂のたびに短くなっていき、やがて消えてしまいます。テロメアが消滅すると細胞はもう分裂ができず自死するため、いわゆる老化が始まる。つまり、テロメアの長さを見れば、その人の寿命が分かるというわけです。

 この点、2015年に米国で5800人の高齢者を調査した研究では、ほとんど運動習慣のない高齢者グループのテロメアは、運動習慣のある高齢者グループのテロメアよりも、格段に短いことが明らかになりました。そのギャップは、実に「寿命9年分」でした。

 また、2010年の研究では、運動をすると海馬(記憶をつかさどるところ)に脳由来神経栄養因子という遺伝子が増えることが明らかになりました。この遺伝子は認知機能を維持する遺伝子です。つまり、運動することで、将来の認知症リスクを低減できることが判明したのです。

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