社外人材によるオンライン1on1(1対1での面談)サービスを提供しているエール(東京・品川)取締役の篠田真貴子氏と、経営にまつわる様々な議論をしていくシリーズ。
前編「[議論]人材投資はなぜ遅れた? 『スーパー人事部長』の限界」、後編「[議論]偽りの優しさ? 日本企業をむしばむ『かわいそう文化』」と2回にわたって、一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏とともに、2020年9月に経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」をテーマにした対談を公開した。
伊藤氏は、日本企業は「スーパー人事部長」ばかりで、人材への投資が遅れてきたと指摘する。また選ばれなかった人が「かわいそう」という意識が根強いため、抜てき人事がされにくいことなどを課題として挙げた。
今回は篠田氏とともに、対談からの学びを整理する。

前回までの対談で、伊藤先生は経営戦略と人事戦略を一致させることが重要だと訴えていました。
篠田真貴子・エール取締役(以下、篠田氏):事業戦略と人事戦略を、一致させようという動きがまさに進んでいますね。
金融庁と東京証券取引所が12月8日、2021年春に改定する企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)案を有識者会議で示しましたね。社外取締役を3分の1以上にすることや、各取締役の持つスキル(スキルマトリックス)の公表を求めています。
この流れは伊藤先生の話のど真ん中です。事業戦略のために、経営チームに必要なスキルは何かというのをリストアップして、その必要なスキル項目についてそれぞれの取締役がどこを充足しているのかを考えていくことになります。
必然的に、次の取締役候補に求めるスキルは何か、社内の有望人材は誰か、どのように候補者に育てていくのか。もしくは社内にいないのであれば社外から人材を採ろうという話につながります。

こうしたスキルマトリックスの策定・公表を本気でしようとすると、今の経営陣を評価し直すことが必要になりそうです。
伊藤先生との対談では、典型的な日本企業がこれまで採用してきた「メンバーシップ型」の雇用形態の限界が指摘されていました。例えば、選ばれなかった人が「かわいそう」だから抜てき人事に消極的というのも、その1つです。
最近では、グローバル化への対応や優秀な若い人を厚遇で採用しやすくするためといった理由で、「ジョブ型」雇用への移行を模索する動きも活発になっています。ジョブ型雇用では、それぞれのポストに必要なスキルを明確に定義していくことになります。
その意味では、スキルの評価はまず経営層の上の方からやっていくという発想も必要ではないでしょうか。そうすることで、社員の納得感も高まるのではないかと思います。
篠田氏:そういうつながりにもなりますね。
これがコーポレートガバナンス・コードに入るということは、投資家がそうした各取締役のスキルを知りたいと望んでいるということですよね。指名委員会、報酬委員会の機能向上ということも、今回の改定案に盛り込まれています。こうしたツールがあれば、メンバーシップ型の弊害は徐々に取り除かれていくのではないでしょうか。
少し話がそれるかもしれませんが、指名委員会の権限はとても強いですよね。指名委員会の委員長は社外の人がなるのが「いいガバナンス」と見られる傾向にあります。しかし、会社のことをよく知らない人物が指名委員会の委員長となり、強大な権力を握ることで、会社が本当にうまく回るのかという懸念を抱く声も聞こえてきます。
篠田氏:まず、「正解」はない、という前提で、今の状態よりどちらがマシなのかということを、それぞれの企業が考えていくべきだと感じています。
伊藤先生は対談で、メンバーシップ型だから、その結果として人間としての心情が戦略判断を鈍らせると指摘していました。それが、「現場を知っている」ということのマイナス面だと思います。それぞれの会社が向こう5年間を展望したとき、どんなガバナンスが必要なのかを考えましょうということだと思います。全ての会社が権限の強い指名・報酬委員会を今すぐに入れなければいけない、ということではないでしょう。
それからもう1つ。会社の売り上げや利益だけではなくて、「企業価値」というものが株式市場の中ではとても重視されます。その観点で見たときに、企業のトップが「現場のオペレーションを知っている」ということは、今の売り上げや利益には貢献するかもしれませんが、企業価値にどれほど寄与するのかは別問題だと思います。
企業価値には、その会社の将来性が反映されます。つまり、その人が詳しい事業は今後5年、10年後にはもうニーズがない可能性だってあります。そのような状況なら、その企業のトップに現場のオペレーションに関する知識は、それほど必要ないと思います。
企業の置かれている状況によっては、現場を知っている人だからこそ、広い視野でのかじ取りができないという場面もあると思います。
そう考えていくと、未来を見据えた経営戦略を立てて会社を引っ張っていける人材が、必ずしも内部から出てくるとは限りません。そのような状況に、どう対処するかというのが問題です。5年後、10年後に事業がなくなるかもしれないという課題に直面していないのなら、強い指名委員会をつくって外部人材も含めて人選する必要はないかもしれません。
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