社外人材によるオンライン1on1(1対1での面談)サービスを提供しているエール(東京・品川)取締役の篠田真貴子氏と、経営にまつわる様々な議論をしていくシリーズ。
日本長期信用銀行入行後、外資系コンサルティング企業やメーカー、「ほぼ日」など様々な組織で働いてきた中で、組織と人材の関係性に関心を持ってきたという篠田氏。今回は「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」を2020年9月に公表した一橋大学CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏を招いて対談を実施した。
前編に続き、後編を公開する。前編で、伊藤氏は日本では「企業価値」を高める人材への投資が遅れてきたと指摘した。後編ではその背景に、日本特有の「かわいそう」文化があると語る。企業や人材の成長を妨げる「かわいそう」文化とは何なのか。

伊藤邦雄・一橋大学CFO教育研究センター長(以下、伊藤氏):日本の企業は、人材育成にお金をかけていないのも問題ですよね。社員の会社へのロイヤルティー(忠誠心)ばかり重視している。
篠田真貴子・エール取締役(以下、篠田氏):一番お金がかかっているのは、新入社員研修ではないかという気すらします。
伊藤氏:あとは、職場内訓練(OJT)だと。仕事が人を育てると信じてやってきてしまった。
OJTの重要性を否定はしないけれども、これに固執してきたのは問題ですよね。環境が変わらないときはいいけれど、「VUCA(予測できない)」時代ともいわれている中で、仕事で人は育てられないと思います。「今までの」仕事しか教えられないわけだから。
「日本企業は人に優しい」という言葉も、経営者も社員も自己陶酔させる言葉ですよね。でも、「優しい」とは具体的に何でしょうか。議論しても言えないでしょう。何となく「優しい」ことを大切にしてきた姿勢が、事業ポートフォリオをずっと再編できていないことにつながっています。「この事業部を売却したらかわいそう」という意識です。
しかし、「かわいそう」でも、業績の悪い部門に経営資源を配分する気はないのです。例えば、研究開発費を出す気はないのに「売ったらかわいそう」と抱え続ける。飼い殺しみたいな話ですよ。でも、本当はむしろその部門を必要とし戦略的に事業規模を大きくしたい別の会社の傘下に入って、研究開発費を出してもらって思い切って働いたほうが幸せな人が多いはずです。
篠田氏:最近では、「キャリア自律」というキーワードが、盛んに経営者やメディアから発信されるようになっています。その一方で、伊藤先生が指摘したように、「かわいそう」という意識も根強い。今、両方が混ざって、経営者も社員も混乱している感じです。
私は以前、スイスの大手製薬会社ノバルティスの日本法人で働いていたことがあるのですが、当時は事業ポートフォリオを医療用医薬品や先進的医薬品にどんどんシフトしていました。私が所属していた事業部は栄養食品に近かったので、非戦略部門になっていきました。
そのような変化の中で、私がいた事業部がスイスの食品大手ネスレに、グローバルでまるごと売却されたのです。ネスレは栄養食品に力を入れていたので、ノバルティスでは非戦略部門だったのに、ネスレでは戦略部門になり、「よく来てくれた」と扱いが全く変わりました。

伊藤氏:篠田さんの経験のように、事業部が売却されることは、決してかわいそうなことではありません。メンバーシップ型の人事制度が当たり前という文化の中で育つと、社内での出世についても、上位職にいく人ほど偉いとなってします。
そのポストに選ばれなかったとしても、自らの能力が否定されたわけでは必ずしもない。職務と人材のマッチングの結果「選ばれなかった」というだけで、場合によってはほかの会社で自らの能力を試すというメンタリティーを持ってもよいのではないでしょうか。
そういう意味で、現在ジョブ型制度への移行が話題になっていますが、基本的に良い方向だと思います。
人事部門には今も、メンバーシップ制に基づく平等意識に根付いた「かわいそう」文化が結構残っていると思います。だから、抜てき人事をあまりしたがらない。抜てきはすごく前向きな話なのに、選ばれなかったほうに目がいってしまうのですよね。
「かわいそう」文化がいろいろなところで、日本企業の新陳代謝を阻み、成長を遅らせてきてしまったと思います。