定方:工藤社長は組織における多様性を高める取り組みの文脈でリモートワークを捉えていました。そして、組織における多様性を高めることが、「お客さまに意味あるもの」を提供することにつながると強調していました。

篠田氏:工藤社長のお話がどこまで他の業種や業界にも適用できる普遍的なのかは、私も分かりません。それでも、とても示唆があるなと思いました。

 金融業界は、銀行や証券、保険など細かく業態が区別され、それぞれの事業のためには免許も必要です。そのため、そこで働く人たちも「銀行とは」「証券とは」というようなメンタリティーを持ってきました。銀行であれば、「銀行員はこうあるべきだ」「銀行の組織運営はこうあるべきだ」といったように。

 工藤社長は、このようなメンタリティーを社員が無意識に持ち続けていると、グループが手掛ける様々な金融サービスをうまく融合していくことができないと話していました。リモートワークの導入によって多様な働き方が広がれば、それまでの同質的な価値観の中で働いてきた人も、いや応なく多様な価値観を受け入れざるを得なくなる。働き方を物理的に変えることで多様性を身体レベルで「体感する」し、発想も柔らかくなり、業界の垣根を越えたサービスの組み合わせも考えられるようなると期待しているわけです。

 こうした工藤社長の考え方について、私も近いことを感じていたことがありました。

 大企業の新規事業推進担当やオープンイノベーション担当が集まる、ベンチャー企業との連携をテーマにしたイベントでパネルディスカッションに出たことがあります。そのとき、「お昼ご飯を誰と食べていますか?」と聞いたら、かなりの人が「毎日、同じ部署の決まった人と食べている」と答えていました。

 私は「週1回でも、初めて会う社外の人とランチを食べると決めて出かければ、もっと仕事にも通ずる出会いが広がるのでは」と話しました。

 人間は放っておくと同じ行動を繰り返しがちです。会社に関して言えば、「このパターンを続けるともうかる」と誰かが見抜いて、そのパターンを効率的に繰り返すために作ったのが組織や業務手順なわけです。そして、その手順通りに働いてしっかりもうけると褒められて偉くなることができました。

 ただ、それをやり過ぎてしまうと、価値観が凝り固まってしまいます。

 経営コンサルタントの大前研一さんは、成長するために「時間の使い方を変える」「住む場所を変える」「会う人を変える」と著書で紹介していました。リモートワークの神髄は、まさにこれだと思うのです。

 リモートワークに限らず、いつもの行動を変えてみることで「違う発想もありだよね」ということを体感できればいいですよね。

定方:ただ、緊急事態宣言が解除されてから、原則オフィス勤務に戻している企業も増えています。そういう流れは、せっかく「違う発想はありだよね」と気が付く機会を無駄にしてしまうことになりませんか。

篠田氏:物事を変えるにはコストも労力もかかるし、「変化は嫌だ」という声も出てきます。経営戦略としては、デメリットを上回るメリットがあれば変えようとなるし、メリットがなければやらないということになりますよね。リモートワークを取り入れることが絶対的にいいというわけではないので。ただ、もしそういう意図が明確になくて、何となく面倒くさいというような理由で「何となく元に戻ってしまう」という状況はよくないと思います。

 ある企業の部長クラスの方と話をしたとき、「オフィスに一緒にいれば、若手が電話対応しているときに電話口で話している内容から推察して、周りの先輩が資料やメモを差し出すことができる。リモートワークだとそれはできない」と言っていました。それはその通りです。

 ただ、一歩引いて考えると、若手を助ける知恵は、様々な形で少しずつ構築されてきたわけです。「電話で話している内容から推察して、メモを差し出す」というのも、電話というツールが普及してから徐々にノウハウになっていったわけですよね。

 リモートワークだって同じだと思います。リモートワークが普及してみんながそれに慣れた未来には、別の形で若手をサポートする仕組みができるはずです。リモートワークという新しい働き方のツールを排除することが本当によいのか。導入しないのであれば、導入しないという戦略的な経営判断が必要だと思います。

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