社外人材による1on1(1対1での面談)サービスを提供しているエール(東京・品川)の取締役の篠田真貴子氏と、経営にまつわる様々な疑問を議論していく新シリーズ「篠田真貴子の『経営の“常識”にツッコミ!』」。ナビゲーターを務める日経ビジネス編集の定方美緒です。よろしくお願いします。このシリーズでは、篠田氏が経営者に疑問をぶつけたり、読者の皆さんと意見を交わしたりしながら、様々な切り口でニューノーマル(新常態)ともいわれる時代における経営や組織の在り方について考えていきます。

 第1弾のテーマは「リモートワーク」です。

 新型コロナウイルスの感染拡大によりリモートワークが急速な広がりを見せていますが、緊急事態宣言が解除されてから、「コロナ以前」の働き方に戻そうという動きもあります。「そもそも、リモートワークはなぜ必要なの?」「効果を上げるには、どうしたらいいの?」といった、素朴な疑問が湧いてきます。篠田氏は、リモートワークが広がりつつあった3月に公開した記事、[議論]新型コロナでリモートワーク急拡大、でも少し変じゃない?で楽天大学学長の仲山進也氏らと座談会を開催するなど、いち早く問題提起をしてきました。

 そんな中、篠田氏は「新生銀行は従業員の8割がリモートワークに移行した」という話を耳にします。かつて、新生銀行の前身である日本長期信用銀行に勤めていた経験がある篠田氏にとって、それはとても意外だったとのこと。

 「普段生活していて緊急事態宣言下でも銀行窓口は開いていたし、同じように本部でも出勤しているのかと思っていた。金融業界で働く知人からはリモートワークが難しいという話も聞いていた。8割ってすごいのではないか?」(篠田氏)

 リモートワークは、手続きを重視する銀行との親和性は低そうに見えます。早速、新生銀行の工藤英之社長に話を聞くことにしました。工藤社長はなぜリモートワークにかじを切ったのか。コロナ禍での勤務実態と、リモートワークという働き方に期待することは何か。篠田さんが工藤社長に話を聞きました。

(写真:PIXTA)
(写真:PIXTA)

「対面が基本」の銀行で、なぜリモートワークができた?

対談する篠田氏と新生銀行の工藤英之社長
対談する篠田氏と新生銀行の工藤英之社長

篠田真貴子氏(エール取締役、以下篠田氏):今日はお時間をいただきありがとうございます。早速ですが、新生銀行が8割の社員をリモートワークにしていると耳にしました。実際、8割リモートだったのですか?

工藤英之氏(新生銀行社長、以下工藤氏):銀行では、4月、5月は出社率が2割くらい。当然業務の種類によってばらつきはありました。支店窓口は開け続けなければならなかったので出社率を引き上げていますが、本部はほぼゼロでした。

<span class="fontBold">篠田真貴子(しのだ・まきこ)氏</span> エール 取締役<br>日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)入社、CFO(最高財務責任者)に。2018年11月に退社し、「ジョブレス」期間を経て2020年3月より現職
篠田真貴子(しのだ・まきこ)氏 エール 取締役
日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)入社、CFO(最高財務責任者)に。2018年11月に退社し、「ジョブレス」期間を経て2020年3月より現職

篠田氏:日本長期信用銀行に勤めていた経験があるのですが、銀行は見えないお金を扱うが故に、書類で丁寧にチェックする。また融資であれば「対面」で確認する。そうしたオペレーションで銀行全体の質を担保しているという印象がありました。旧来の銀行の業務の在り方という発想から、リモートワークはかなりの飛躍ではないかなと。にわかに想像し難いのです。

工藤氏:リモートワークはコロナ対応として始めたわけではなくて、前々から準備していました。ただ、銀行のカルチャー的に「基本は出社だよね」というマインドセットは強固にあって、なかなか根付かなかった。昨年秋から部長以上に対して月2回、「リモートワークをやれ」と無理やり取り入れてみようとしましたが、「なんでこんなことやるの?」といった声もあるなど、あまり評判は良くなかったのです。

 またおっしゃる通りで、これまでの銀行業務で培ってきた信頼の源泉は「対面」ベースでした。むしろ、対面で培ってきたお客さまとの信頼のベースがあるから、今回の緊急事態宣言という特殊的な状況の下で違和感なくリモートに移行できた部分はあります。

篠田氏:どのようにリモートへの移行を進めたのでしょうか。

工藤氏:技術的な面では、お客さまの機密情報が出回ってしまわないように、情報を端末に残らない“クラウドベース”の仕組みにする。これが基本です。

 ただ、お客さまとのやり取りがあるリテールの部署では、行員がリモートワークに対応しやすい環境にあるかというと、それなりに難しい。自宅では赤ちゃんや猫が鳴いていたり、介護している親御さんがいたり、それぞれ家庭の事情を抱えています。

 そのため、まずはバックオフィス業務に携わる行員からリモートへの移行を始めました。一方、リテール関係のお客さま対応の業務に携わる行員は、環境を整えられた人から徐々に移行していきました。「運用商品をお持ちのお客さまへのフォローの電話をする」といった、比較的自宅でも対応しやすい業務からリモートにしていきました。

 感染が拡大しているときは実際、金融マーケットも荒れていたので、お客さまも不安になっていました。そうしたお客さまにはしっかりと対応したいのだけれど、家からお客さまにフォローの電話をすることがお客さまからどう受け止められるのか、という不安が行員にはありました。電話をしている後ろで子供が騒ぐかもしれないわけですから。

 ただ、実際に自宅から電話をしてみると、「こんな大変なときに気を使ってくれた」という、お客さまからのすごくポジティブな反応が多かった。こうした話を聞いて、リモートに挑戦するのは行員にとっても良い経験になったと感じました。

篠田氏:リモートワークへの移行は、行員の皆さんが走りながら進めていったと理解しました。ただ、その「走りながら」というのは、現場に判断を委ねることにもなります。どうやったら、「走りながら」はうまくできるのでしょうか。

 というのも、旧来の銀行の在り方では、必ず何層もの決裁を得ることで組織としての信頼を担保してきたのではないかと思うのです。もともと、現場の行員たちは、判断しながら動ける人たちだったのでしょうか。それともリモートワークで変わっていったのでしょうか。

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