「多様性」に対応を
篠田氏:給与1000円アップ、という客観的な目標に向かって団結して会社と話をする場合と比べると、求めるものがより主観的・内面的なものに変わっているということですね。それが、労組の役割を変えてきているということですか。

塩澤氏:そうですね。ベアだけでなくて、多様化している課題やニーズに応えていかなければいけないというのが、私たちの認識の根幹にあります。
一昔前の三井物産の総合職は「新卒」「男性」「日本人」で構成されていましたが、今はキャリア入社や女性、外国籍の方もいるし、男性でも育休を取る人が増えています。男女や世代を問わずに、ライフスタイルの価値観に違いはあるし、ライフステージに応じて家庭の事情などによって個々の価値観も変化します。
篠田氏:これまでは、海外駐在のチャンスが巡ってくれば「はい!」と喜んで赴任するのが一般的で、しかも駐在社員の妻も「駐妻会」のような現地の組織にがっちり組み込まれるケースも少なくありませんでした。多くの伝統的な日本の会社がそうだったと思いますが、特に「商社マン」といえば、家族も含めて全人格、全人生を会社に投入します、というカルチャーが強かったという印象があります。
でも、今はかなり変わってきている。
塩澤氏:それから、世代間でキャリアについての意識のダイバーシティーが広がっています。
過去は「目の前の仕事をとにかく頑張れば上司に引き上げてもらえる」というキャリア観もあったかもしれません。これに比べると若い世代は、「この1年間でどんなスキルが身に付くのか」というように、キャリアとスキルについてもっと具体的に考える傾向があると感じます。
転職が当たり前の選択肢になったこともあり、キャリアについては自分で決めたいという感覚が強いですね。
例えば社内で「ブリテンボード」制度という、社員が自ら希望すれば部門の壁を越えて異動できるという制度があります。ただ、会社からすると、社員の自律的な異動は人事戦略に逆行することもあります。
一方、社員にとって異動希望がかなわないことは、キャリア形成への影響が大きく、これを理由に転職する人もいます。社外の労働市場が急激に流動化する中、社内労働市場もある程度、流動化させる必要があると考えています。
そこで3年ほど前、「会社主導で異動した社員よりも、自ら手を挙げて異動した社員のほうがエンゲージメントが高い」というアンケートデータを示した上で、一時縮小していたブリテンボード制度の拡大をMPUから提案し、会社に受け入れてもらいました。今では会社も自律的キャリア形成を後押しすべく、さらに募集頻度を増やす方針を取っています。
篠田氏:世代間の価値観の多様性は、どの会社でも課題となっていますよね。私の知っている本社が地方にある会社は、「頑張って成果を上げた人が東京に行く」という仕組みになっていました。今、偉い役職に就いている方の多くが東京に行きたいと頑張って、東京で働いた経験があります。
ただ、今の若い方は、それほど東京に行きたくないのですよね。頑張ると東京に行かなければならないから、仕事をセーブしてしまうというのです。それなのに、偉い人たちは東京に行くのが出世コースだからみんな喜ぶという思い込みがあるから、そういう若者の意識になかなか気付かなかった。
世代間の差はもっと意識した方がいい上に、ジェンダーと同じくらい年齢についてもバイアスが強いと思います。偉い人たちの価値観と、若手の価値観のギャップを橋渡しする役割を、塩澤さんたちは担っているのですね。
塩澤氏:そうですね。
全ての事業本部長と毎年対談するのですが、「求める人材像や、業務を通じて得られるスキルを明示してください」と聞く若手社員に対して、「そんなことは昔から明示されてないよ」という返答をよく耳にしました。
キャリア形成が必ずしも計画通りにいかないのはその通りですが、会社は、若手のニーズが変わっていることも真摯に受け止める必要があります。労働市場は流動化していて、いくらでも転職できてしまいます。三井物産でどんなスキルが身に付くのか情報が少ないままでは、明確なスキルアップがある程度想像しやすい企業への転職を考えはじめてしまうのです。
篠田氏:せっかく入社してくれた若手社員のニーズに組織として答えないと、貴重な人材が流出してしまう。労組の立場としても、流動化した人材市場の中で「顧客」である組合員のニーズにどう応えるのかということを強く意識しているのですね。若手社員のニーズに応えるという意識は、組合員のつなぎ留めを真剣に考えてきた蓄積から、今の経営層や人事部よりもずっと強いのかなと思いました。
塩澤氏:まだ離職まで至っていないとしても、仮に一部の社員でも「このままここで働き続けていいのか」と疑問を持ちながら仕事をしているとしたら、本来の能力を発揮できていませんよね。
キャリア自律を求める人が増えたなら、組織もそれに合わせて、今までなかった情報を提供したり、社員と仕事をマッチングするシステムを充実したりして、変わっていく必要があります。
三井物産が今も10年後も、若手やこれから入社する学生にとっても魅力ある組織であるために、変わり続けなければいけないという危機感は、MPUとしても持っていたいと思っています。(後編は3月8日に公開予定です)
【ご意見募集 労働組合に期待することは?】
■[議論]「ベア」より「エンゲージメント」? 三井物産労組の改革
今回は労働組合をテーマに、三井物産労働組合の塩澤美緒委員長に話を聞きました。
三井物産でも解散宣言をするなど、労働組合は組織率の低下も話題になることがあります。春闘のイメージの強い労働組合ですが、塩澤委員長は「エンゲージメント」や「多様性」を挙げていました。
皆さんはどのような役割を労働組合に期待しますか? 皆さんのご意見をお待ちしています。
この記事はシリーズ「篠田真貴子の「経営の“常識”にツッコミ!」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。