篠田真貴子氏が経営にまつわる様々な疑問を投げかけていくシリーズ。今回は三井物産労働組合(通称、Mitsui People Union ; MPU)で1962年創設以来初の女性委員長に就任した塩澤美緒氏と対談した。
厚生労働省の労働組合基礎調査によると、雇用者全体に占める組合員の割合を示す2020年の組織率は17.1%と、1940年代後半の5割超から右肩下がりの傾向が続く。
2015年まで任意加入のオープンショップ制だった三井物産の労組も、組織率の維持に苦労し、2012年には執行部に人材が集まらないという事態に直面して解散宣言をしていた。
そんな経験を持つ三井物産労組は現在、どのような目的を持って活動をしているのか。三井物産労組は「エンゲージメント」を重視していると耳にして、「私の知っている組合とは違う」と感じた篠田氏。労組の役割について議論した。今回はその前編。
篠田真貴子氏(エール取締役、以下篠田氏):三井物産の組合はeNPS(職場推奨度)やエンゲージメント(働きがい)に関する調査をしていると聞きました。組合がそんなことをすると考えたこともなかったので、驚きました。
会社と社員は、目線や求めているものが違うこともあるわけですよね。今の社員が経営に何を望んでいるかという声を調査して会社に届けるということは、「組合の役割として、大切だな」とも思いました。
三井物産労働組合(通称「MPU」)が作っている冊子には、「求められているのは、働き方・価値観の『多様性』にアジャストすること。」と書かれています。それから、「私たちの世代では、転職という選択肢が『当たり前』」という言葉も。三井物産のような歴史ある大企業では、「転職が当たり前」と言うのはタブーのようなイメージもありますよね。
ずいぶん、これまでの労組とはイメージの異なる活動をしていますが、なぜですか。
三井物産労働組合委員長・塩澤美緒氏(以下、塩澤氏):労組といえば、いわゆるベア(ベースアップ)を巡る春闘のイメージが強いでしょうか。私たちの場合、組合員のニーズをアンケートで把握し、データに基づいて活動していますが、社員の価値観の変化や多様化によって取り組むべきメインテーマがおのずと変化してきていることを実感しています。
もちろん報酬は大切です。ただ、それは多様なニーズの1つに過ぎません。社員が求めるものは金銭報酬だけではなく、会社で得られる経験・成長・生活の質も含めた包括的価値で捉える必要があり、私たちはそれをエンゲージメント指数で把捉しています。その中で今の組合員が求める要素をデータで見ていくと、「働き方」や「キャリア形成」「成長実感」へのニーズが大きくなってきていることを認識しています。
それらに対応せず、報酬面での待遇改善だけに力を入れていても、誰も組合についてきてくれません。今の組合員が感じる課題に意識を向けて、活動内容を柔軟に変えていかなければいけないというのが、私たちMPUの考えです。
篠田氏:いつごろから、そういったことを意識しはじめたのですか。
塩澤氏:転機は2015年に全員加入制の「ユニオンショップ制」に変わったときではないでしょうか。
それ以前は、任意加入の「オープンショップ制」で、組織率の維持に苦労していました。勧誘のための説明や福利厚生の拡充など、組織率の維持に多大な労力を割いていました。組織率が下がると法的に組合の要件を満たさなくなるので、組合員の勧誘が最優先の仕事だったのです。
活動は魅力的に映らず、執行部を担ってくれる人はいなくなりました。そして、ついに2012年に「もう続けられません」と解散宣言をします。そうするとようやく、「組合がなくなっていいのか」という議論になったわけです。元を正せば、1977年から会社とユニオンショップ制に同意できず、オープンショップ制を採用していました。しかし、組合がないと「社員の総意が取りにくくなる」として、ユニオンショップ制に移行することに合意しました。
こうして、組織率維持に割いていた時間を、働き方の改善や制度変更の提案など、もっと前向きな活動に充てられるようになったという経緯です。