星野リゾートの業績が急回復している。4~5月には宿泊者数が前年同期比の8~9割減まで低迷したものの、8月には同期1割減となりほぼ前年並みの状況まで戻している。理由の1つは「フラットな組織」によって社員が自ら動くからだという。考え方や取り組みを星野佳路代表に聞いた。

<span class="fontBold">星野佳路(ほしの・よしはる)氏</span><br> 星野リゾート代表。1960年長野県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、米コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年星野温泉旅館(現星野リゾート)社長就任。運営に特化する戦略をいち早く取り入れ、ラグジュアリーブランド「星のや」、温泉旅館「界」、リゾートホテル「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の5ブランドを中心に国内外で45の施設を運営している。(写真:諸石信)
星野佳路(ほしの・よしはる)氏
星野リゾート代表。1960年長野県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後、米コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。91年星野温泉旅館(現星野リゾート)社長就任。運営に特化する戦略をいち早く取り入れ、ラグジュアリーブランド「星のや」、温泉旅館「界」、リゾートホテル「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の5ブランドを中心に国内外で45の施設を運営している。(写真:諸石信)

コロナ禍をどのように捉えていますか。

星野佳路代表(以下、星野氏):コロナ危機は、ある日突然やってきた。だんだんと危機に近づくのでなく、急に危機がやってきた以上、それに対応ができるかがポイントだと思う。

 大事なのが、優先順位を変えるスピード感だ。危機が起こった途端に、昨日まで優先順位の高かったものの順位を下げなければならない。これは組織にとって難しいし、社員にも言いづらいことだ。しかし、危機においてはどれだけ迅速に社内へ発信できるかが決定的な差になる。

 コロナ危機に気づいたのは、北海道でスキーを楽しんでいた3月だった。毎年、滑りに行っているが、例年であれば、インバウンドが多数来ていて誰もまだ滑っていない雪は既になくなっている。それなのに、今年はそれがまだ残っていて、ここ10年では見たことのない光景が広がっていた。うれしくて3時間くらい思う存分滑った。しかし、よく考えると、これはやばいことになるのではないか、と気づいた。外国人が誰もいないのだから。東京に戻った4月2日を年単位で続く長い危機の始まりだと認識して、コロナ対応に取りかかった。

星野リゾートは日本企業であまり見ないフラットな組織が特徴です。

星野氏:どんな役職が付いていても、フラットな関係は構築できる。役職があるのは、権限を示しているだけで、「偉い」という意味ではない。星野リゾートの最終的な権限は私にあっても、社員は私に言いたいことを言える。「遠慮する」ではダメだが、「任せる」もダメだ。「任せる」のは既にフラットな関係性ができていない証拠だからだ。星野リゾートが目指すフラットな組織は、トップダウンでもボトムアップでもない。

 組織のあり方の背景にあるのが、私が米コーネル大学に留学中に出合った経営学者ケン・ブランチャード氏の理論だ。経営情報やビジョンを社員と共有するリーダーシップ論で、1980年代から提唱されている。

 私は90年代に父から会社を引き継いだが、父の時代と私の時代では社員に対する考え方が180度変わった。父の時代は、最初は戦後の仕事のない時代だったし、その後は観光産業も成長してきたので、人を募集するとすぐ集まっていた。スタッフを確保するのに困らない時代だった。

 一方で、私の時代にはガラリと変わった。売り手市場で、会社を引き継いだ最初の2年は新卒者を募集しても誰も応募がなかった。うまくいって入社してくれる社員がいてもすぐに辞めていく。そんな状況が続いていた。人が集まらないのも突き詰めれば経営者の責任であり、モチベーションを上げるのも経営者の役割だ。社員が働きたくなる、モチベーションが上がる組織にしようと、フラットな組織づくりに着手した。

 性別や国籍にかかわらず、社員を雇用し、評価するフェアな組織でありたいと考えている。組織のあり方、評価の仕方が、フェアでフラットな組織をつくる要素となる。もちろんそれは役職にも影響されないフェアネスだ。

ひとことでフラットな組織と言っても、実際にそういった組織をつくるのは難しそうです。

星野氏:確かにケン・ブランチャード氏の理論を、その通りに実行している会社は少ない。組織を組み直したり、機能を変更したり、部門を増減したりすることは容易だが、文化を変えることはそう簡単ではない。私が父から会社を引き継いだとき、社員数は百数十人。中途で辞める人も多かったため、新しく入社した人からフラットな組織の文化を浸透させた。社員が少人数のときから新しい文化を入れた。今約3500人になっているのと比べたら、比較的やりやすかったかもしれない。

上下関係を気にする日本人の場合、役職が上の人に対して、なかなかフラットな関係でいることは難しい面があります。フラットな関係でいるために、具体的にどんなことをしていますか。

星野氏:まずは「偉い人信号」をなくすことだ。例えば、役職で呼ぶのでなく、「~さん」と呼ぶ。また、集合写真を撮影するときの並び方やオフィスの机の場所についても、経営者の机が一番奥にあって、写真では経営者が真ん中の位置で映るといったことを一切、排除する。こうして経営者や総支配人というのは、偉いから就いている役職なのでなく、役割や権限を意味するものだと捉えてもらう。

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