新型コロナウイルスの感染拡大に対し、星野リゾートは星野リゾートは収束まで1年から1年半かかるのを前提にそれぞれの時期に何をするのかを落とし込んだ「18カ月プラン」に基づき、さまざまな手を打っている。緊急事態宣言が解除された「最初の緩和期」での対応や今後の取り組みについて、代表の星野佳路氏に聞いた。
緊急事態宣言が解除となりました。旅館やホテルの運営はどのような状態でしょうか。
星野佳路氏(以下、星野):4月、5月は緊急事態宣言が全国で出されており、新型コロナウイルスの感染拡大を止めることが重要だった。このため、星野リゾートにおいても、売上高が下がり予約数が下がるのは、やむなしとしてきた。一方、新型コロナウイルスのワクチンや治療薬ができるまでに1年半ほどかかるとみて、早い段階で18カ月の復活プランをまとめた。新型コロナ自体は困ったことだが、こうなった以上、この18カ月計画を進める以外に手はない。18カ月を乗り越えるシナリオを淡々と進めており、社員にはこのシナリオに基づいて今どういう状態なのか、これに対してどう対応するのかといったことを随時発信している。
当初は開業延期や休館は考えていなかったが、施設ごとの事情もあり結局、5月中旬までの段階で星のや沖縄(沖縄県読谷村)やOMO3東京川崎(川崎市)など5施設の開業を延期。トマム(北海道占冠村)などの7施設は休館に入った。需要が見込めないところなどが対象になった。
休館した施設では社員は大半が一時帰休になったが、開いている施設でも需要があまりないときには社員は一時帰休にしている。政府は新型コロナウイルス対策として雇用の維持を明言しており、雇用調整助成金はほかの先進国に比べて充実している。人材維持に集中した対策がなされていることは星野リゾートの方針と重なる。コロナ禍で生き残ることは大切だが、そこから早く業績を戻すには人材の維持が不可欠だ。このため、人員整理はまったくしていない。雇用を維持しながら個人も会社も守り、できるだけ早く復活したい。
5月中に緊急事態宣言が解除となりました。旅行業をめぐる環境は変わっていますか。
星野:現在は感染拡大が止まった1回目の緩和期にあたるとみている。これは18カ月プランで予想していた通りの状況だ。それでも忘れてはならないのは、あくまでも感染拡大が止まったからこそ、予想通りになっていることだ。感染拡大が続いていたら状況は違っていた。
旅行業にとってポイントは国内需要がどのくらい戻ってくるかに移っている。今はその最初の段階であり星野リゾートの場合、18カ月プランからすると、ここで一定の予約が戻らないとこれからが厳しくなってくる。世の中が経済との両立を重視し始めており、社員には「対策を徹底して旅行需要を確保しよう」と呼びかけながら、打ち手をどんどん発信している。4月、5月に比べると状況はよくなっており、今の感触では7月、8月については、18カ月プランで「このぐらいに戻れば」というところにはきている。
詳しく見ると、予約が戻ってきている施設とまだ戻ってきてない施設で差がある。戻ってきている施設を一言でいえば、大都市圏に近く、自家用車を使えば2時間ほどで訪問できる施設だ。星のや軽井沢(長野県軽井沢町)やBEB5軽井沢(同)などがこれにあたる。それ以外でも、例年に比べればというところはあるが奥入瀬渓流ホテル(青森県十和田市)のように、関東周辺のアクセスがよい施設と比べてもあまり見劣りしない施設もある。海外では台湾にある星のやグーグァンが好調だ。もともとアウトバウンドが多い台湾において、海外旅行に行くのが難しくなり、旅行客が国内に戻ってきているためだ。
一方、沖縄や北海道で運営する施設のように大都市圏から飛行機に乗って出かけるところや、バスのグループ旅行への依存度が高かったところでは予約の戻りが遅れている。インバウンドが一定の比率を占める東京周辺も予約が戻っていない。予約が戻っていないところには、個別の対策を打つ必要がある。
インドネシアのバリ島で運営する星のやバリはインバウンドが大半で、空港の本格的な再開などまだ分からない面があるが、休館した施設はおおむね夏休みまでには再開する見込みだ。開業を遅らせた施設も改めて開業を目指す。
予約の伸び方で見た場合、42施設のうち25ほどが例年の同じ時期に比べて好調に伸びている。もっとも、背景には新型コロナウイルスの感染拡大によってキャンセルが4月、5月に一気に出たことなどから、今年は夏の予約が全体的に遅れている事情もある。例年ならばこの時期に満室になっている施設も今年はまだ空きがあり、この時期に例年以上のペースで予約が入ってきている面がある。
最終的に7月、8月について、どこまで売り上げが回復するかはまだ見えないが、このペースを維持すれば予約が戻ってきた25施設の中には昨年とほぼ同等のところも出てくると思う。通期がどうなるのかについて考えると、4月、5月は通常なら8割、9割稼働していたことや、感染の第2波の影響も考えられることなどから、4月、5月に失った分を取り戻す余裕はなく、対前年で売り上げがマイナスになることは避けられない。
第2波は18カ月プランを立案した段階から、必ず来ると思っている。特にインフルエンザなどの流行する冬、例えば11月ぐらいに第2波がきてもおかしくないし、そう覚悟して対策をしなくてはいけない。その先も考えれば、ワクチンや治療薬ができるまでは短期的に必要のない投資はしないほうがいいだろう。
星野氏が社員向けに書いた「18カ月プラン」のイメージ図
マイクロツーリズムでサービスはこう変わる
遠方や海外への旅行市場の回復遅れが見込まれる中、地元客に保養目的などで小さな旅を楽しんでもらう「マイクロツーリズム」を提唱しています。これまでとどのような違いが出てくるのでしょうか。
星野:マイクロツーリズムはまったく新しいことをするわけではなく、今までの観光の中にもその要素はあり、ある程度やってきたことだ。しかし、力を入れていくには地元客に向けてアジャストすることがやはり大切になってくる。
振り返れば日本の観光業は、たとえ施設から遠くとも市場の大きな大都市からの集客に一生懸命に取り組み、15年ほど前からは中国、米国、オーストラリア、ヨーロッパともっと遠い海外からの集客も図ってきた。そして星野リゾートの場合、サービスや食事は遠方からの宿泊客に合わせてデザインしてきた。食材の地産地消や地域らしい文化を強調してきたのはこのためだ。その分、地元客の比率は落ちていた。地元の人も近くの温泉地に行くのではなく、もっと遠い場所、あるいは海外に行きたい人が多かった。
しかしマイクロツーリズムでは地元客が宿泊するのだから、例えば地域らしい文化を伝えても地元客にとっては非日常感はなかなか得られない。食事の内容も地域の人たちはその土地らしい食事よりも普段地元で食べられないものを食べたいニーズがある。私が子供の頃は山の温泉旅館ならば、食事に伊勢エビやアワビを出して当たり前だったが、訪問する地域の人たちにとってはそれがぜいたくな食事だったからだ。
また、これまで文化体験として地域の説明に取り組んできたりしたが、地元客ならば顧客のほうが詳しいかもしれない。すると滞在中のアクティビティーなども変えていかなければならない。アジャストとはそういう取り組みだ。予約の動向からも明らかなように、新型コロナウイルスの感染拡大によって、地元客は海外や国内の遠いところに行くのが難しくなり、近くで旅行したいというニーズが出てきている。その意味ではマイクロツーリズムは、宿泊施設と顧客、両方のニーズの変化に合致した取り組みだ。
マイクロツーリズムではこのほかの点でも取り組みが変わってくる可能性がある。ニューヨークから箱根に年2回来る人はなかなかいないが、地元客ならばリピートしてもらえる可能性が高く、その対応を考える必要がある。地元の方々なのでむしろこちらが学べる部分もたくさんある。地域の方々に地元を散歩して魅力を再発見してもらい、星野リゾートも地元客から学べばコロナ後には地域の観光の力をより強くすることもできるだろう。
例えば、軽井沢は予約がすごい勢いで戻っているが、東京周辺から新幹線で1時間、車で2時間ほどのため、首都圏にとってのマイクロツーリズムといえる。そういう意味では首都圏周辺の施設は有利だが、界 長門(山口県長門市)は福岡、広島、山口というエリアだけで集客して運営が好調に推移しており、さまざまな可能性がある。マイクロツーリズム用のプランは設定しているが、単価はあまり変えていない。そもそも4月、5月に予約が落ちたのは「料金が高いから行かない」のではなく、「コロナが怖いから行かない」ためだ。料金を下げたからといって、その分の需要や利益が増えるかといえばそんなことはない。
運営施設数の増加に向けて手を打つ
サービス面ではもちろん3密を回避するために何をすべきかを早くから考え、どんどん取り組んできた。顧客満足度調査には新たにコロナ対策の項目を付け加えており、取り組みは評価を得ている。緊急事態宣言が解除され、いよいよ観光も解禁になろうとしているため、6月中には2万人のサンプルを集める市場調査を実施。対策が網羅できていないところがあるかどうかなどを確認したい。
このほどリサ・パートナーズ(東京・港)と国内の宿泊施設を支援する「ホテル旅館ファンド(仮称)」の組成を計画し、ファンドの運営会社、H&Rアセットソリューションズ(東京・港)を設立しました。どんな展開を考えていますか。
星野:宿泊施設の取得・保有を通じて、新型コロナウイルスによる需要喪失に直面するホテル・旅館の事業者に対して、事業の承継や事業譲渡支援などを行う。星野リゾートは、必要に応じて宿泊施設の運営など担う。同ファンドは総額100億円規模を予定し、2020年夏の組成を目指している。
星野リゾートは宿泊施設の運営に特化している会社であり、成長するには運営先をしっかりと広げていくことをいつも考えなければならない。バブル崩壊やリーマン・ショックのときもそうだったが、今回も厳しい経営環境に対し、旅館やホテルの経営者や投資家は施設の運営を任せたいというよりも、施設を売却したいという人が増えている。
これに積極的に取り組むのが狙いだ。新型コロナウイルスの感染拡大していた中でもいろいろな問い合わせがあったが、十分な体制がないために対応できなかった。運営会社として新たな施設の運営に入る形を整えることが大切だと考え、設立に踏み切った。投資したい人は国内外にいて、資金は順調に集まりそうだ。
投資する施設の目標件数などは定めていないが、星野リゾートが運営することを想定している。施設の規模や立地は限定していないため、多様な旅館やホテルが入ってくる可能性がある。星野リゾートは投資会社でないから、あくまでも宿泊施設の運営会社として取り組む。
厳しい局面ではあるが、運営する施設数が伸びなければ、星野リゾートは成長できない。運営施設数の増加に向けてチャンスを広げるために手を打つ。新型コロナウイルスの終息までに時間がかかるとしても、その間も施設数を着実に増やしていく。
政府が進めている観光需要喚起策「Go Toキャンペーン」についてはどうとらえていますか。
星野:観光産業の雇用政策は雇用調整助成金による手厚いサポートで非常にうまくいっていると思う。これに対して、Go Toキャンペーンは、緩和期において経済との両立を図る政策であり、ありがたい。ただ、GO Toキャンペーンで観光業にとって大切なのは、売り上げではなくて利益だ。
インバウンドは日本の観光の約17%にとどまるが、数字よりも大きな役割を果たしてきた面がある。それは需要の分散だ。需要が特定の時期に集中しなければ宿泊業は生産性を上げやすくなるし、雇用の維持や収益にとってもプラスになる。例えばインバウンドの多い旧正月は日本の正月と時期がずれているため、需要の分散に貢献していた。インバウンド需要がない今、GO Toキャンペーンを行うならば、約23兆円の国内の旅行需要が分散するような策を望んでいる。例えば平日のサポートを土日より厚くすること、長い期間使えるようにすることなどをぜひ考えてほしい。国内需要に密をつくってはいけない。
「生き残ることが大切だ」という点で一致
これまでにない厳しい環境下で次々に新しい戦略を打ち出しています。
星野:新型コロナウイルスのような感染症拡は確かに経験したことがないが、私が経営を引き継いだ1990年代以降で景気がよかったのはここ10年ぐらいだけだし、引き継いだからは不良債権処理やらデフレやらで、「リゾートはもう難しい」と言われながら成長してきた。
星野氏はさまざまな困難を乗り越えた経験をコロナ禍で生かす(写真:栗原克己)
社内の主力メンバーには破綻したリゾートの出身者もたくさんいて、「急激に下がった」「新しいことを考えないと乗り越えられない」などの経験もある。トマムを再生し、リゾナーレ八ヶ岳(山梨県北杜市)などの業績を立て直して伸ばしてきたことから、組織には自信みたいなものがあり、こういうときにかつてのことを思い出してどんどん動くスタッフがいる。そうした経験が生きているところはあるとは思う。また、星野リゾートは創業100年を超えていて、社内は「生き残ることが大切だ」という点で一致していると思う。
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