新型コロナウイルスの大きな影響を受けている業界の一つが観光業だ。なかなか先が見えない状況が続くが今何をすべきか。逆風下で新施設「界 長門」(山口県長門市)を3月12日に開業した星野リゾートの星野佳路代表に聞いた。
新型コロナウイルスが観光業に与えている影響について、どうみていますか。
星野佳路代表(以下星野): 国内の場合3~4月の需要が一時的に激減している。ただし、ここまでならば1年のうちの2カ月だから、痛手には違いないが、日本の観光業は十分耐えられると思う。問題はゴールデンウイークに需要が戻るかどうかだ。
感染拡大が収まっているのか。それとももっと先まで影響が続くのか。今のところ分からない。それでもゴールデンウイークは日本の観光においてすごく大きな「稼ぎ時」であり、そこで自粛が長引くとか国内需要が落ちたままだとかだと、深刻な状況に陥ってくる。具体的には観光事業者の中には深刻な赤字になるところが出てくるし、そのために今の雇用を維持できなくなる事態も起きるだろう。
星野リゾートの場合、現在どのような影響が出ているでしょうか。
星野:「インバウンド(訪日客)の比率が高いところ」「都市にあるところ」「グループバスツアーの比率が高いところ」「北海道にあるところ」は需要の減少幅が大きい。この4要素が重なっているほどマイナスが大きく、需要が半減しているところもある。
それでも小規模で個人客がターゲットの温泉旅館のうちインバウンドの比率が高くなかったところは、意外に維持できている印象だ。自家用車で来られるところが多く、個室で食事をしてもらうので安全だと捉えられている面もある。3月だけで言えば、温泉旅館の界の16施設の中で6施設はおそらく予算通りになりそうだ。他は85〜90%ほどで推移しそうだ。若い人たちも意外に動いている。30歳未満をターゲットにする施設であるBEB5軽井沢の場合、昨年比で3月はプラスに転じている。ここには3月に卒業旅行として海外旅行を計画していた人が国内に行き先を変更している現象がある。また小学校が休校だが家に居続けるのはずっと難しく、子どもを連れて旅行に行く方もいる。テレワークが可能なプランをつくるなどしながら、そうした新しいニーズを持った方々にターゲットを一時的にシフトすることに各マーケティングチームが取り組んでいる。
新型コロナウイルスをめぐるさまざまな出来事のなかで、需要減少の契機になったのはどんなことでしょうか。
星野:やむを得なかったと思うが、北海道の「緊急事態宣言」が出たときから、北海道の需要の落ち込みは他の地域と比べて圧倒的に高くなった。緊急事態宣言の海外への伝わり方も実態よりもかなり深刻に伝わり、これは私が東日本大震災で原発事故のあった福島で経験したときに匹敵するくらいだった。インバウンドの北海道からの撤退がすごく激しかった。
今回のように外部環境が厳しい時期はどう臨むべきでしょうか。
星野:30年ほど前に事業を引き継いでいるが、大きな需要減にはリーマン・ショックや東日本大震災をはじめ、これまでにも何度か直面してきた。
基本的には短期的な需要を無理して追うことなく、中長期的な視点で向かっていくしかないと思っている。収束の時期が分からないことが不確定要素で対策が取りにくい部分だが、ゴールデンウイークに集客が戻るのか、夏休みに戻るのか、またはワクチンができたとか治療薬ができたところまで待たないと戻らないのか。その3段階くらいで、マイナスすることはやむを得ないとしても、それまでの収益を維持する対策をとっていく。
東日本大震災時と似ているところ
宿泊代の引き下げを実施したり、考えたりはしているのでしょうか。
星野:星野リゾートは需要に応じて宿泊代が変動するイールドマネジメントの仕組みを多くの施設で導入しているため、需要が下がると自然と料金は上がらなくなる。このため本来の3月、4月の料金に比べて自然と下がっているが、今の事態だからといって通常、あり得ないような価格を出すことはしていない。そうした価格で泊まっていただいても結局しっかりしたサービスを提供するため利益が出ない。「収益が出ないレベルに価格を下げてでも、1人でも集客を増やす」といったことはやめるべきだと私は考えている。ゴールデンウイークにはまだ宿泊客が戻ってくる可能性があると思っているので価格の方針に何ら変更なく進んでいる。
ゴールデンウイークの予約などに今のところ影響は出ていますか。
星野:5月、6月、夏に向けての予約も入っているが、それが極端にキャンセルが増えているとか、予約が減っているということはない。むしろ国内は動いている印象だ。逆に海外からはほとんど入ってこない。
観光業が新型コロナウイルスの影響に対して、政策的なサポートを期待するとしたらどんなことでしょうか。
星野:今回は観光だけでなくいろいろな産業が傷んでいる。補助の仕方において産業界全体を見てよい方法で行っていただけたらと思う。観光業の場合、これまでに例えば、宿泊料金を割り引く「ふっこう割」が代理店経由でしか利用できないために、宿泊施設に直接予約していた方も直接の予約をキャンセルして代理店経由に乗り換えるといった現象が起こった。こうした補助がもしあるならば、旅館、ホテルは自社の努力で直接の予約を取っているところも多いので、そうした予約チャネルにおいても活用できる仕組みを考えていただけたらと思う。
これまでに経験したピンチのうち、今回の新コロナウイルス問題と似ていると感じるのはどんなことでしょうか。
星野:落ち方が東日本大震災の時の需要減少と似ている。震災時は震災による心理的な影響がどこまで続くかが分からなかった。業界内では不安があったし、対応に苦慮した。ただ、震災時に東北は交通面でなかなか行きづらい状況が続いたが、国内には被害のない地域もあった。これに対し、今回は顧客はどこに行っても新コロナウイルス問題に対する懸念があり、もし長引くことがあると震災時以上のダメージになる可能性がある。
社員にはこのところ、何を伝えているのでしょうか。
星野:魅力がなくて予約がないのでなく、新型コロナウイルスというグローバルな問題で需要が落ちている。このためここで無理して需要回復を狙っても、努力の割には成果が少ない。このため、無理するのでなく中長期的な視点で見ることが大切だ。同時に経営全体としては収益が下がることは仕方がないことなので下がり幅ができるだけ少なくするための対策をしっかりやっていくことが大切になる。
無理なコスト削減は考えていないが、4~5月がまだどうなるか分からない以上、4月に取り組もうと思っていたことでも先延ばしできるものはそうする。感染者数の拡大が収まるのかなどを見極めないと、せっかくお金を使ってもムダになるので、延期できるものはしている。
インバウンドが戻ってくるタイミング
観光業の復活はどんな手順になるでしょうか。
星野:日本全体で見ると観光は重要な役割を果たしているし、インバウンドはここ10年ほど大きな成長セグメントになっている。しかし、新型コロナウイルスによる需要減少はどれくらい続くかわからない。
大事なことはこういう時期にも中長期的なマーケティングの視点を忘れずにやるべきことをやっていくことだと思う。海外を見ても新型コロナウイルスでは中国だけでなく、観光が重要な産業であるイタリアも大きな影響が出ている。世界的に観光はいったん大幅に需要が減少しているが、それがいつか復活してくるときがあるわけだから、そこに向けて淡々とやるべきことをやるしか方法はない。
旅行業界全体はマイナスになっているが、市場の復活軸において国内の需要は非常に大切だと思っている。日本の観光消費額26兆円のうち、インバウンドは成長しているといっても5兆円以下。21兆円という巨大市場を国内に持つのが日本の大きな特徴だ。新型コロナウイルス問題が落ち着いてきたとき、観光が復活する最初のマーケットは国内需要だと私は思っている、まず国内需要が戻って、インバウンドが世界全体が落ち着いてくるとともに戻ってくる、といった手順になるだろう。そこに向けてスタッフ一同、なんとかこの時期を乗り越えるべく、努力していきたいと考えている。
3月12日に界 長門を開業しました。厳しい環境の中で開業を遅らせるなども考えましたか。
星野:3~4月の予約はほぼ埋まっている。先に挙げた4条件にあてはまらないし、自家用車で訪問する人が多く、食事会場が個室になっている。開業を遅らせる理由はなく、当初予定通り開業した。
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