3回目のヤン・カールソン氏の「真実の瞬間」については、界 日光の取り組みから議論しました。

宍戸:「真実の瞬間」とは、特にサービス業において、現場の社員と顧客とが接する十数秒というほんの短い時間を指す。この本のエッセンスは、会社やブランドに対する評価がその短時間によって決まるため、実際にサービスにあたる現場の社員がその場で最高の意思決定をしなければならないことにつきる。

 現場こそが顧客について最も深く知っているのだから、「真実の瞬間」において正しい決断と行動ができる。したがって、現場に対する権限委譲が不可欠となる。権限委譲があるからこそ、現場で真実の瞬間を高める、つまり「顧客価値の最大化」 が可能になるからだ。

 にもかかわらず、多くの企業では権限委譲はしたけれど、「顧客価値の最大化」と「組織内的な考慮や配慮」 にプライオリティの差をつけていないケースが目立つ。その結果、「自分で考えて顧客にとっての価値を高めろと言われるけれど、そうは言っても上司を通さなくてはならないのでは」といった葛藤が生じることで現場は疲弊し、真実の瞬間がうまく活用できなくなることがある。その意味で、権限委譲とは、顧客価値を組織内の忖度(そんたく)よりも上位に置かなければそもそも機能しない。

 最近の経営学の動向については、権限委譲は上司と部下間のケースだけでないという研究を紹介したい。顧客が製品やサービスなどの選択に当たって社員を信頼して委ねる状況が生まれると、社員は自信を高めることが分かっている。美容院でヘアスタイルを美容師に任せる、などがこのケースに当たる。「顧客による権限委譲」と呼ばれ、ドンらによる2015年の論文が知られる。ファンをつくる話とも重なるが、顧客が社員に任せるからこそ、社員は顧客を驚かせることもできる。

 こうして顧客の期待や満足を超えた創造的なサービスを行うことができれば、真実の瞬間を最大限に活用できる。そのためにも、やはり上司が権限委譲することも求められる。せっかく顧客が権限委譲してくれても、組織内的なルールや忖度といった問題に煩わされては、その機会が台なしになってしまう.上司が任せてくれるから、現場の社員が顧客の権限委譲に応えることができ、そのことでさらに上司が現場に任せようとする。一流のサービス企業では、このような権限委譲の良い循環が生じるのだ。

 もちろん、権限委譲には、ミスが起こりやすくなるというリスクがある。星野リゾートでは顧客対応のミスを減らすために「ミス撲滅委員会」をつくているという。ミスをまとめてマニュアルを作る会社はよくあるが、星野リゾートでは「なぜそれが起きたか」などを主体的に議論する場として設定しているようだ。

 ミスはマニュアルで「押し潰そう」とすることは、同時に社員の主体性も「押しつぶす」こととなる。それは、真実の瞬間を主体的に活用できない社員を作り出すことを意味する。ミスについてしっかり議論することを通して,顧客サービスに対して主体的に取り組む姿勢を育むことこそが重要だ。

登場人物として教科書を読む

イベントを通して星野リゾートと経営学の教科書の関係についてどんなことを感じましたか。

宍戸:全般に、教科書がただの知識や他人事になっていない印象を受けた。現場のスタッフは理論を直接知らない場合もあるが、社内の文化として教科書的なエッセンスを無意識に実践している場面が目立つ。教科書を現場に生かすには例えば、教科書を上司が読んだとき、「部下にはこのように働いてほしい」といった方向にしないこと、つまり自分を教科書の「外」に置かないことが大切。教科書に書かれた物語の中に登場人物として自分自身が登場し、どういう役割ができるかという発想を持つといいと思う。

 宍戸准教授は2/28(金)にイベント4回目の「居酒屋以上旅未満 マーケの法則とBEB」に登場。アル・ライズ氏らの著書「売れるもマーケ 当たるもマーケ マーケティング22の法則」とBEB5軽井沢の取り組みの関係などについて解説。公開取材として、ライブ中継の配信を行う。

この記事はシリーズ「星野リゾートの方程式2020」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。