サーバント型のリーダーシップ

 顧客の不満を全部潰すと顧客満足度は上がるが、それが熱狂的なファンをつくることにはならない。そのために何が必要かといえば、「満足するサービス」であるだけでは不十分だ。そこには「ここまでしてくれるのか」という満足度を超えた驚きがなければならない。星野リゾートの場合、顧客から要求されたから応えるという関係性でなく、ふとした雑談の中から顧客のニーズををつかみ、顧客が直接求めていないのに自主的にそれに応えているという。イベントでは具体的なストーリーを聞き、興味深かった。

熱狂的なファンをつくるために、経営学の最前線はどのようなアプローチをしているのでしょうか。

宍戸:いろいろなアプローチがあるが、私がここで紹介したいのはサーバント型のリーダーシップだ。

 近年の経営学の研究では、「社員が顧客に対して高いサービスを提供している会社」には、「社員に対してサービスを提供しているかのように行動する上司がいる」ことが明らかになっている。このことが示すのは、上司の行動がロールモデルとなって、サービスの精神や文化などが部下へと伝わっていくことだ。言い換えれば、「社員と顧客の関係」は「上司と社員の関係」を映す鏡となっている。

 2014年の「サーバントリーダーシップとサービス志向的文化」というライデンらの論文が知られているが、顧客が会社や社員のファンになるには、まず社員が上司のファンになるような関係をつくることが必要だといえるだろ。

3冊の経営学の教科書と星野リゾートの現場の取り組みの関係を考察
3冊の経営学の教科書と星野リゾートの現場の取り組みの関係を考察

セミナー2回目には、フィリップ・コトラー氏の競争地位別戦略のニッチ戦略に基づき、「都市観光ホテル」というカテゴリーに取り組むOMO5東京大塚のスタッフらが登場しました。ニッチ戦略を実際に使うポイントはどこだと考えますか。

宍戸:ニッチ戦略は狭いセグメントに経営資源を集中するが故に、会社に差異化をもたらす手法として知られているが、同時に意識すべきなのはニッチャーとは「すべきことに集中するために、しないことを決めて捨てなければならない」ことだ。決意を固めて取り組むからこそ、そのセグメントにおいて片手間で何とかしようとする会社にできないことが実現できる。

 私が指摘したいのはそのための現場の取り組みの大切さだ。実はサービスを提供する会社にとって、戦略は策定するより実行するほうが難しい面がある。なぜならば、顧客と向き合うのが社員である以上、社員が戦略の本質まで理解する必要があるからだ。ニッチャーになれる会社、組織とは、社員全員が「色々な顧客をいっしょに扱っている競合にはできなくて、特定の顧客だけに本気で向き合っている自分たちだけができることは何なのか」を考えているといえる。

 近年の研究成果についていえば、戦略計画に基づく厳密な管理や評価は、戦略の実行を促進させると一般的に考えられているが、実際には妨げることが明らかになっている。これは実行において直面する問題や機会を、計画の段階で全て予測できないからだ。にもかかわらず、社員の行動を、事前に決めた計画に無理やり押し込めると、戦略目標が達成されなくなる。その結果、ますます管理を強めてしまうという負のスパイラルに陥ってしまうことがある。これはスールらが2015年の論文で指摘している。

 つまり、戦略の実行とは、事前に設計した計画通りに物事を進めることを意味するのではなく、現場のやりとりに基づき計画を修正したり、時には壊したりすることを意味するのだ。そこでは、現場がアイデアを出したりすることが鍵を握るが、実際に星野リゾートではフラットな組織で自由に発言したり、そのために必要な経営情報を提供したりしているという。自分の上司がその上の上司に対して自由に発言している場面もよく見ると聞いており、そのことが「自由に発言してもよい」という社員の意識づくりに繋がっているのだろう。その意味で、星野リゾートはニッチ戦略を効果的に実行しやすいカルチャーをつくっている。

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