新連載「両論激論」は、意見が割れているテーマに対し、両論の識者に取材してそれぞれの意見を掲載し、読者からの意見を募集する。災害や福祉、環境などの社会的なテーマから、ビジネスやテクノロジー、ライフスタイルまで。両論のメリット・デメリットを整理し、読者の皆さんと未来を考えていく。
第1弾のテーマは「堤防の強化」だ。台風19号の影響で全国各地で堤防が決壊し、甚大な被害が発生。国が設置した調査委員会は川を流れる雨水が堤防からあふれる「越水」が決壊の影響との見解を発表した。流れ出た水が宅地側から堤防をえぐったという見方だ。
台風19号によって東日本各地に被害が発生した。写真は長野市の様子(写真:高椋俊樹/アフロ)
台風19号だけでなく、今年は台風15号などによる豪雨が全国各地で大きな被害を出した。水害対策が改めて注目を集める中で、「堤防をさらに強化すべきだ」という意見と、「堤防強化には問題もある。ソフト対策も含めた防災の在り方を模索すべきだ」という意見が対立している。
国土交通省が「気候変動で雨量が増加傾向にある」として堤防強化に乗り出す方針を持つ一方で、河川工学の大家である宮村忠・関東学院大学名誉教授は「堤防はリスクにもなる」と反論する。両者のインタビューを掲載する。
堤防はリスクにもなる
宮村忠氏
関東学院大学名誉教授
専門は河川工学。1985年に関東学院大学工学部教授、2010年に関東学院大学名誉教授。国土交通省「高規格堤防の効率的な整備に関する検討会」座長などを歴任
10月の台風19号など、今年も各地で豪雨災害が発生しました。自然災害が激甚化する中、国は対策の一環として河川堤防の強化を検討しています。
宮村忠・関東学院大学名誉教授(以下、宮村氏):皆さん堤防ができればという期待感はあるだろうし、一般的に治水といえば堤防が挙げられるけれど、堤防って造るだけじゃ駄目で、非常に維持管理が大変なんですよ。
堤防は土で造るのが一般的だから、地震が起きれば内部でクラック(裂け目)ができるかもしれないし、大雨が2~3日も降り続くと傷みも生じる。モグラや野ウサギが穴を開けちゃうかもしれない。モグラと堤防の決壊との因果関係ははっきりしていないけれど、大体の場合はモグラがいるようなところが堤防が切れています。
堤防も含めて防災施設は何十年や100年に1回とかいわれる災害が起きたときに計画通りの活躍ができなければなりません。しかも、そういう災害はいつ起きるか分からない。だから非常に長い距離に設けられた堤防が常に能力を発揮できる状態か管理しておかなければなりません。マンパワーも膨大になります。
簡単ではありませんが、維持管理がきちんと行われれば堤防の効果は大きいのでは。
宮村氏:堤防は、どこに造ったらいいかというのも大変難しい。今まで水があふれていたところに堤防を造ればそのリアクションはどこかにくるはずです。影響は対岸に行っちゃうかもしれないし、下流に行っちゃうかもしれない。
しかも、堤防ができたとしても決壊しないとは限らない。従来よりも水位が高い状態で耐えられなくなって堤防が切れることになるから、以前よりも溢れた水が持つエネルギーははるかに強い。そんなにエネルギーが高くなければ、この家が流されることはなかったということも起こり得る。
つまり、堤防というのは丈夫な高い堤防ができればできるほど、リスクはあるということも言えるんです。
これまで堤防が各地に整備されてきたのは、治水に有効だったからではありませんか。
宮村氏:堤防造りが本格的に始まったのは江戸時代からですが、その頃は大きなダムを造るなど他の防災設備を造る技術はなかった。つまり、仕方なく堤防を造っていたのです。でも、第2次世界大戦後にはダムの技術が堤防の技術を超えました。
ダムは建設地域が沈んでしまうなど問題もありますが、堤防のように水害に対する戦線が広くありません。いうなれば、堤防のような「線」での対応ではなく、「点」での対応ができる。
激甚災害が頻発する中で、必要な対策とは何でしょうか。
宮村氏:根本的なこととしては、洪水が起こるようなところには住まないということになるとは思います。洪水の被害に遭う家というのは比較的新しい家が多い。逆に言えば、何十年、何百年もそこに残っている家というのは災害の教訓が生かされているから残っているとも言えます。
すでに住んでいる人に別の場所に移住しろというのは非常に酷な話でもありますが、長い年月をかけてやっていくしかありません。
都心部の海抜ゼロメートル地点などでは盛り土をして、所々に人工的に高台を造っていくことも考えていく必要がある。最終的には広範囲を盛り土にするいわゆる「スーパー堤防(高規格堤防)」となっていきますが、これは通常の堤防とはまったくの別物です。いかに周囲の土地をかさ上げして川床との高低差を大きくしていくかに重きを置いているのです。
こちらもどうしても整備には長い年月がかかってしまいます。いずれにしても、腰を据えた都市政策が必要なのは間違いありません。
堤防の強化は今後も必要
奥野真章氏
国土交通省水管理・国土保全局河川計画課河川計画調整室 企画専門官
2006年に国土交通省入省。2012年に国土交通省近畿地方整備局姫路河川国道事務所調査第一課長、2014年に国土交通省近畿地方整備局河川部河川計画課課長、2016年に国土交通省水管理・国土保全局河川計画課課長補佐を経て2018年から現職
台風19号をはじめ、大規模な災害が相次いでいます。今後の防災対策の中で、河川堤防についてはどのように強化していくことになっていますか。
奥野真章・国土交通省河川計画調整室企画専門官(以下、奥野氏):現在、気候変動で雨量が増加傾向にあります。懸念されるのが、雨の浸透による堤防の地滑りなどです。対策としては、堤防の幅を広げたり、護岸で覆ったりするなどが考えられ、(国交省では)堤防の新たな設計基準の検討を始めたところです。
現在、河川堤防はどれくらいあるのですか。
奥野氏:2017年時点で9103kmです。1990年は6556km、2000年は7722kmと年々整備が進んできています。
今後もかさ上げしていく暫定堤防などは含まれていない数字ですが、整備率は約7割といったところです。
それでは、今後は新規整備と既存の堤防の強化が行われていくということでしょうか。
奥野氏:そうなると考えています。台風19号では約140か所で堤防が決壊しました。今後も流量が増えていくという観点で設備の強化が必要と言えます。
先ほど、堤防の整備率は7割と言いましたが、仮に構造や高さといった基準が上がると、新たな基準を満たしていない堤防は改修が必要となってきますので、整備率が減少する可能性もあります。
当然、費用の増加も考えられます。
奥野氏:強化するとなれば、増える方向になると思います。すべての既存の堤防が新たな基準を満たしていればいいですが、それは難しい。
堤防はメンテナンス費用がかかるという意見もあります。
奥野氏:除草や雨などで削られたり、動物に穴を掘られたりといった箇所の点検はしなければなりません。維持管理費は結構かかっています。機械化などの省人化の取り組みも併せてやっていかなければなりません。
堤防ではない治水を求める声もあります。
奥野氏:治水は、ダムや遊水池など水をためて水位を低下させる機能と、河川堤防や河道掘削によって下流へ水を流す能力を向上させる機能によって行われています。
基本的に気候変動で流量が従来の1.1倍や1.2倍になってくると、ますますためるものもためなきゃいけないし、堤防整備などで流していく必要性は高まります。ダムや堤防、遊水池など事業規模が大きいといった側面がありますが、完成すれば効果はあります。今あるものの活用と併せて整備は必要だと思います。
ただ、我々の取り組みは予算も時間もかかりますし、限界もあります。そうした中では地元の方々にも洪水の危険性がある地域には住まないという都市計画の観点からの対策や、高規格堤防のように広範囲を盛り土するということも考えてもらう必要も出てきます。
ただ、それには数十年とか、それ以上の年月がかかるし、住民の方々への影響も大きい。いかにして洪水から地域を守っていくか、効果やバランスも含めて向き合っていかなければなりません。
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