全16346文字

倉貫氏:同感です。僕らも今の形に落ち着いたのは2013~14年のことで、もともとは渋谷にオフィスを置き、僕も毎日オフィスに通っていました。リモートワークの社員が増えてきた段階で、オフィス出社派の社員との間に溝のようなものができてきて、「なんとかしたいな」と悩んでいました。

 リモートにも出社にもそれぞれに良さがあるのに、その違いで断絶を生むことになるのは経営として致命傷だなと感じて、「全員が同じ条件、フェアな環境にしよう」と思い立ったんです。同時期に米国のヤフーさんが「全員在宅勤務禁止」を宣言した頃でしたが、うちはそれをやる財力はないし、地方の在宅ワーカーを東京に転勤させるわけにもいかないので、真逆の方向、つまり「全員在宅勤務」を選んだというわけです。

仲山氏:「全員で試行錯誤モード」にしたと。

倉貫氏:とか言いながら、僕は2カ月くらいオフィスに通っていて、まさに最初に駄目な事例として出した「偉い人はリモートしない」を自分自身がやっていました(笑)。それでは駄目だよなと途中で気づいて、僕自身もリモートワークを徹底するようになったら、最初は環境が整っていなくて「何これ、めちゃくちゃ不便だな」と感じたのです。

 自分がパフォーマンスを上げるために、不便を直さないといけないというモチベーションが一気に湧きました。周りの社員にとっても、社長の僕がリモートで働いているからリモートで働いても後ろめたさはゼロになり、改善案をどんどん出してくれるようになったんですよ。以後、どんどん社内の慣習が全てリモートワークという働き方に最適化されていったという流れです。

篠田氏:倉貫さんもすんなりうまくいったわけではないと聞くと、励まされますね。そもそも、「リモートワークに向く人、向かない人」という資質や経験の違いはあると思いますか? 何となく、新卒の社員は難しいのかな、などと考えてしまいます。

「自己管理できるかどうか」はリモートとは無関係

倉貫氏:資質の違いはあると思います。ただし、それは先天的なものではなくて、トレーニングによって習得可能なものだと捉えています。うちは新卒からいきなりリモートワークですが、問題なくアウトプットを出してくれていますよ。

 「リモートワークに向くのは、自己管理ができる人だけ」というイメージを持つ人は多いようですが、自己管理能力はリモートワークを導入するかしないかに関わらず、大事なベーシックスキルですよね。それをしっかり養成できる訓練の機会を得られたかどうかの違いではないでしょうか。

 リモートワーク導入に消極的な企業の経営者の中には、「うちの社員は、管理されないと働かないんだよ」と平然と言う方がいるのですが、「もしかして、そういう環境でずっと働かせてしまったからではないですか?」と言いたくなります(笑)。つまり、人間の能力開発において「環境への適応」が果たす部分ってかなり大きいと僕は思っているので。

篠田氏:ここ数日、ネット上では「リモートワーク導入で、仕事できないヤツがあぶり出された」みたいな意地悪な発言も見かけましたが、倉貫さんは「いや、訓練すれば誰でもできます」とおっしゃってくださるから希望が持てます。具体的な手法も伺いたいのですが、例えば新人教育では何を重視していますか?

成功のポイントは「タスクばらし」と「ふりかえり」

倉貫氏:大きくポイントは2つあります。1つは、「タスクの見える化」です。僕らは「タスクばらし」と呼んでいるのですが、新しい仕事が降ってきたときに、自分の能力に応じて1〜2時間程度で完了できる業務量に分解していくというアプローチです。これをやることで、ざっくりと「1週間でやってほしい仕事」として降ってきた業務が1〜2時間×10個くらいに小分けできて、「10分の3までできた」と進捗も確認しやすくなるんです。このタスクばらしのトレーニングを、同じ仕事を担当する先輩社員と一緒に毎回やっていきます。

篠田氏:「タスクばらし」が出来ているから、一人ひとりがその日の作業予定も共有できるんですね。そういったOJTも全てリモートでできるのですか。

倉貫氏:できちゃいますね。加えて重視しているのが「ふりかえり」の習慣です。個人ごとの仕事の進め方について、周囲も口出ししながら「なぜ今回は遅れてしまったのか。どうしたら次から改善できるのか」とブラッシュアップしていくんです。

 ある男が斧(おの)で一生懸命木を切っているのに、全然切れない。その様子を見た旅人が「斧がさびていますよ。研いだほうがいいんじゃないですか」と助言したのに、「斧を研ぐヒマもないほど忙しくてね」と耳を貸さない。この話でいう「斧を研ぐ時間」が、僕らが大事にしているふりかえりであって、生産性を高める習慣なんです。

 今お話ししたタスクばらしやふりかえりは、ソフトウエアのアジャイル開発でよく活用されている手法で、それを業務改善にも応用してみたという感じです。

仲山氏:個人任せではなく、チームでのふりかえりというのが肝ですよね。起こった事実を共有して、得られた学びは何か、これからどうするかを一緒にすり合わせていく。

倉貫氏:大事ですね。情報共有については、昔から言われてきたのが「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」でしたが、僕らが大事にしているのは「ザッソウ(雑談・相談)」です。何でも相談しやすい関係性を普段からつくっておきましょう、そのためにたくさん雑談しましょうよ、と。

篠田氏:ザッソウを活発化するワークスペースが、まさに先ほど見せていただいた仮想オフィスですね。聞けば聞くほど、「対面じゃなきゃ無理だろう」と思い込んできたものが、実はそうではないのかもしれないと認識を新たにできます。

 これまで「リモートワークの阻害要因」と散々言われてきた労務管理や情報漏洩、紙ベース業務をどうするかといった諸問題についても、すぐに解消できるものと思わずに、腰を据えて対策を練ったほうがいいですよね。