人々の美学や豊かさに対して、デザインの力でどのように訴えかけることができるのでしょうか。
深澤氏:デザイナーというのは、相手が潜在的に求めていることや良いと思っていることを、具体化してくれる人のことです。物だけではなく、生活やビジョン、生きる姿勢などもです。ただ共感して、アイデアだけ言うだけではありません。本物のデザイナーは「それは具体的にこういうことですよね」と見せることができます。
人は、美しさや豊かさの形を暗黙のうちに共有していると思います。これが豊かさを指標とする考え方の基盤になっているのです。それが目の前に具体的に示されたとき、「それいいね」「私もこれを求めていた」と自覚できる瞬間があります。生活の美学は、一つの巨大なプラットフォームです。デザインは、小さなスイッチで巨大な船がゆっくりと方向を変えるような物だと思います。

最初にも触れましたが、世の中に新しく出てきたものは、良いか悪いか初めは分かりません。でも経験したら「これがいいのは当たり前じゃん」と一発で分かります。やれば誰だって分かる。僕だけが特別なセンサーを持っていて、良しあしが見分けられるわけではありません。僕は人よりもちょっとセンサーが立っているだけなのかもしれません。
そうでないと、相手と「それいいね」をシェアできない。「そうだよね」とか「でしょう」という会話が出てこない。我々は「でしょう」が言える瞬間を楽しみに生きています。
「でしょう」の瞬間とは?
深澤氏:直感といえば簡単ですが、僕はそれを「Creative Path(クリエイティブ・パス)」と名付けています。相手が何に納得するのか、わかってあげられるのです。昔は、「あなたには分からないよ」というような人がアーティストだと思われていましたが、そうではありません。良いものは誰にでも分かるはずです。ただ、あからさまなものでは嫌になる。知らないうちに触れていた、気が付いたら社会の中で当たり前に使われていた、ということをデザインの力で示せばいいのです。
先ほどのウーバーの話ではありませんが、ウーバーイーツが世の中に出てきて、「こんなに便利なもの使うに決まってる、なぜ今までなかったのか」と思いました。(笑)
深澤氏:「当たり前じゃん」ということが意外と当たり前じゃないんですよ。当たり前のことが実はできていない。
だから実際に経験して、「でしょう」の会話ができることが大切です。ちょっとこれを一緒に食べてみましょうよ、と食べてみる。「おいしい」ということを互いに共有していれば、「これはいけるな」「そうでしょう」という会話が成り立つのです。そもそもおいしいものを経験していないのでは、こんな話もできません。ビジネスも同様です。経験をしていない経営者が増えているのは、怖いですよ。彼らは良いかどうか分からないまま、ドキドキしながら多額の投資をしているわけですから。もちろん投資家にもそういった感覚は必要です。
「それいいよね」の会話ができる人が増えれば、もっと創造的な世の中になりそうですね。
深沢氏:そう、そうですよ。ただ、「でしょう」の会話をするために具現化できるデザイナーは少ないです。形や見た目をかっこよくつくれるデザイナーはいます。でもそれは、誰かに言われたオーダーに任せてギョーザの皮を巻いているだけの人。生活全体から考えていないから、形が違ってきてしまいます。線の引き方一本間違えると、「それいいね」は生まれないのです。
日本ではデザイナーに投資する経営者は少ないと思います。また、ロイヤルティー(成功報酬)の仕組みも少ないからデザイナーの実力が測れないし、デザイナーもシビアになれない。多くの経営者はクリエイティブな「方法論」を欲しがります。みんなで考えれば「それいいよね」というアイデアが出てくると思い込んでいる。でも、アイデアのないチームなんかつくってもしょうがない。本当は、アイデアが面白そうだからプロジェクトにするのです。
創造性が高い経営者は、全てを自分で考えようとせずにデザイナーに具体化を求めます。僕はデザイナーとしてブレーンになる場合もあるし、経営の思考を具体化する役割を担う場合もあります。結果的に世界中を見回してみても、有能な経営者はクリエイティブな人間に上手く投資をしていると思います。
だから、経営者とデザイナーが「それいいね」の価値観でツーカーに話せるようになれば、成功の近道は見えます。ある意味とてもプロフェッショナルな世界です。 「それいいね」「でしょう」を言い合える同士が共感し合っている場を、クリエイティブと言うのです。そしてそれが、社会を動かしていくエナジーになっています。
深澤さんは、日本では経済成長が個人の豊かさの実感として感じられにくくなっていると指摘。働き方改革など働くことについての「たが」が、個々で違う幸せの形を決めにくくしていると説きます。
そこで、皆さんにお聞きします。
どのような生き方が、自分の人生を豊かにすると感じますか?
深澤さんの主張への感想と共に、皆さんのご意見をお寄せください。
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