根本は「規模の経済」
中小企業庁のリポートによれば、2025年には日本の中小企業のおよそ3分の1にあたる130万社弱が廃業の危機を迎える可能性があるとされています。それ以上のスピードでの統合・淘汰が必要だということでしょうか。
アトキンソン氏:社会保障の負担増に伴って、働く人が生産性をどれだけ上げなければならないかを考えると、2060年までに中小企業の数を現在の半分以下、160万社くらいまで減らすべきだと考えています。
私の主張の根本にあるのは、経済学の基礎中の基礎である「規模の経済」の考え方です。企業規模が大きくなれば、生産性は上がる。今後急激に人口が減る日本では、全体の87%が働く中小企業の統合を進めるしかない。非効率な会社に貴重な働き手を張り付けておくわけにはいかないのです。
新刊『国運の分岐点』(講談社+α新書)では、日本の生産性低迷の原因は1963年に成立した中小企業基本法にあると指摘しています。これはどういうことでしょうか。
アトキンソン氏:中小企業基本法では当初、「中小企業」の定義は製造業などで従業員300人以下、小売業・サービス業では50人未満と決められました。この人数が少なすぎることが第1の問題です。さらに、中小企業への手厚い優遇策を加えたことで、非常に小さな企業を作り、成長させないまま維持する後押しをしてしまった。
その結果、人口増加の何倍ものスピードで50人以下の企業数が増加しました。規制によって経営者に不適切なインセンティブを与えてしまい、そのインセンティブ通りに日本経済が動いたのです。特に製造業に比べサービス業の生産性が低いのも、業種そのものの性質ではなく、非常に小さな企業の割合が大きいからです。
「規模の経済」という大原則を否定するような法律を作ってしまったことが、そもそもの問題です。そして、1990年代に入って人口減少が始まると、この問題が一気に表面化したのです。
しかし1963年当時は、中小企業基本法にも一定の合理性があったはずです。
アトキンソン氏:ある程度の合理性はありました。どの国でもそうですが、生産性の低い中小企業を優遇する目的は雇用政策です。生産性が低いということの裏を返せば、大きな売り上げがなくても雇用は進むということだからです。
しかし今の日本では雇用の問題は大きくない。社会保障を維持するために、1人当たりの生産性が問われるようになっています。そして生産性を上げようとすれば自動的に、「企業規模を拡大せよ」ということになる。つまり、生産性向上とは「中小企業優遇政策の否定」です。雇用と生産性がてんびんの両側に乗っているのです。
今後、政府はどう動くべきだと考えていますか。
アトキンソン氏:日本では「中小企業は日本の宝」という意識が根強いですが、今は大きな意識転換が必要です。応援すべき企業もあれば、そうでない企業もあるということです。大企業も地方自治体も中央省庁も、合併を続けてきました。その中で唯一残っているのが中小企業。弱い企業を無理やり存続させるのをやめるべきときです。
米国では中小企業で働く人の割合は50%程度なので、中小企業の問題を放置するという選択肢もあり得ます。しかし87%の人が中小企業で働く日本ではその選択肢はない。
すでに日本経済は最悪のシナリオに入ってしまっています。しかし「生産性向上」という言葉が数年でこれほどの知名度を得たように、政府が企業合併を促進する政策を打ち出すことで全体が動きます。
過去30年間の日本社会の最大の失敗は、「分析の欠如」によるものです。私の主張がすべてにおいて正しいとは思いません。しかし大筋では間違っていないと思いますし、公の議論のたたき台になるはずです。データを用いて議論すれば、中小企業ばかりの産業構造を変えることなしにICT活用や女性活躍を打ち出しても無駄であることは明白です。分析を踏まえて、いつまでに何をどう変えるのかを考えなければなりません。
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