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ゴールドマン・サックス証券時代に日本の不良債権の実態を暴くリポートを1990年代に発表して注目を集め、現在は日本の小西美術工芸社で社長を務める論客のデービッド・アトキンソン氏。8月22日に「日経ビジネス電子版」に掲載した記事([議論]D・アトキンソン「生産性向上へ最低賃金を上げよう」)では、日本経済の再成長のためには最低賃金の引き上げが必要だと主張した。GDP(国内総生産)の大部分を占める個人消費を維持し、中小企業の統廃合を促進して生産性向上につなげるべきだという趣旨だ。

しかし、記事公開後に日経ビジネス読者から寄せられた意見の中には、最低賃金の引き上げに関する疑問や反論も混じっていた。そうした声をふまえて、再度アトキンソン氏に話を聞いた。

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■お知らせ■
【日経ビジネス Raise Live】

日経ビジネスの読者と時代を開くイノベーターとのライブ対話「Raise Live」。生産性向上の論客、小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン社長と、働き方改革に並々ならぬ情熱を注いできた味の素・西井孝明社長の対談イベントを開催します。テーマはもちろん「生産性向上」。日本が再び成長するための「この一手」を語り尽くします。

参加ご希望の方は、記事最後の募集要項をご覧ください。

■日時
2019年11月18日(月) 18:30~
場所
都内(参加者にのみご連絡します)
参加希望受付
応募する
※記事最後の募集要項をご覧ください

デービッド・アトキンソン氏
1965年、英国生まれ。元ゴールドマン・サックス証券金融調査室長で現在は国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社社長。『日本人の勝算 人口減少×高齢化×資本主義』(東洋経済新報社)など著書多数。(写真=的野 弘路、以下同じ)

提言に対する読者の反応はおおむね好意的でした。しかし、中には反論や疑問の声もあります。例えば、「最低賃金引き上げの効果はそこまで大きくないのではないか」という意見です。


宮本英典
製造業系CVC
最低賃金を引き上げることは反対です。
何故ならば、それだとやっていけない低賃金職種もあるから。
大多数の企業は既に最低賃金以上を払っているので、最低賃金を上げても効果が薄いと考えます。

YS
基本的に賛成です。ただ、最低賃金水準で働いている方たちは割合としてはそう多くなく、経済政策としての効果はそう大きくはないとも思われます。
最低賃金については、毎年数パーセントずつ上昇するという見通しを経営者に抱かせつつ、同一労働同一賃金(正規と非正規の不当な給与格差の是正)をはかるよう労働契約法の厳格化を進めるといった措置も重要と思います。この点、現政権の方向性は悪くないという印象を持っています。

デービッド・アトキンソン氏(以下、アトキンソン氏):まずは、こうして読者と意見を交わせるのがうれしいです。ただ、全般的に根拠や裏付けが足りない反論が多いと感じました。まだまだ実態が正確に伝わっていないのではないかと思います。

 「最低賃金に近い水準の給与で働いている人は少ない」という点ですが、残念ながらこれに関しては信用できる正確なデータがありません。しかし、全体の1割を超えていることは確実です。厚生労働省の調査によれば、最低賃金またはそれに近い給与で働く人は2割弱に上るとみられています。

 一方、諸外国では1割前後の国が多い。日本では長いデフレの影響で、低賃金で働く人が増えてきたのです。確かに数十年前であれば最低賃金で働く人は非常に少なかった。その知識がアップデートされていないのではないでしょうか。

「最低賃金を上げても生産性向上につながらず、結局は労働者にしわ寄せが行ってしまうのではないか」という指摘もあります。


Hdknd
労働者の賃金を上げていく必要があることは当然のことだと考えます。ただ、それが最低賃金を上げることで解決されるのかというところが肝だと思います。東洋経済のアトキンソン氏の論説も拝見しましたが、理想論だと感じます。最低賃金を上げられた企業は、アトキンソン氏の思うような品行方正に社員教育で生産性をあげるのではなく、もっと狡猾(こうかつ)なやり方で生産性を上げるように思います。アトキンソン氏が主張される英国の例でも、ゼロ時間契約という労働者へしわ寄せをする形で、無理やり生産性を上げています。しかも、それはアマゾン等の大企業で行われているわけで、アトキンソン氏が主張するような中小企業向けの締め付け策が、大企業に悪用されている事例だと考えます。

アトキンソン氏:確かにそうした事例が生じることは否定しません。監督官庁はきっちりと目を光らせるべきです。

 しかし真剣に考えなければならないのは、それが統計上も大きな意味を持つかどうかということ。極端なケースを取り出して議論するのではなく、経済全体へのメリットとデメリットを総合的に考えることが何より重要です。

 例えば最低賃金を引き上げたことで失業率は0.5%上がったものの、代わりに全体の1割の人の収入が30%増えたとします。それが日本経済にとって損なのか得なのかを考えるということです。

 残念ながら、日本ではそうしたデータ分析ができていません。海外では、残業抑制や研修の削減など、最低賃金引き上げの負の効果の分析も進んでいます。最低賃金を引き上げた諸外国を見ると、残業代や手当が多少削られた事例はありますが、雇用調整はほとんど起こらず、全体の効果としてはプラスに働いています。