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 読者とともに日本の再成長への一手を探るシリーズ企画。今回は、軽井沢に全寮制のインターナショナルスクールを2014年に開校したユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事の小林りん氏に話を聞きます。小林氏は、80カ国以上から生徒が集まる多様性の中で次世代リーダーの育成に挑んでいます。

 昨今の大学入試改革の混乱をどう見ているのか、企業に求められる役割は何か。小林氏は、「学校の教育が変わるだけではダメ。多様な才能を生かすためには、社会、企業も変わらないといけない」と主張します。

 小林氏の提言について、皆さんのご意見をお寄せください。

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小林りん氏(UWC ISAK Japan 代表理事)
モルガンスタンレー、ラクーン、国際協力銀行(JBIC)、国連児童基金 (UNICEF)などを経て、学校設立をライフワークとすることを決意。2007年から準備を始め2014年にインターナショナルスクール・オブ・アジア軽井沢(現UWC ISAK Japan)を開校。1998年東京大学経済学部卒、2005年スタンフォード大学国際教育政策学修士。世界経済フォーラムから2012年度に「ヤング・グローバル・リーダーズ」として選出される。2016年に財界が選ぶ「経営者賞」受賞。イエール・ワールド・フェロー2017。(写真:稲垣純也、以下、小林氏の全ての写真)

小林さんは2014年に全寮制のインターナショナルスクールを軽井沢に設立し、多様性を重視したリーダーシップ教育を実践してきました。その経験から、今の日本に必要なことは何だと思いますか。

小林りん氏(ユナイテッド・ワールド・カレッジISAKジャパン代表理事、以下、小林氏):一番大切だと感じているのは、教育現場だけではなく、社会、特に企業の評価軸も一緒に変わっていくことです。経営者の皆さんは、「イノベーションを起こせる人材が必要だ」「多様性、ダイバーシティーが重要だ」とおっしゃいます。しかし、人事の現場で本当に多様性のある人材を採用しているでしょうか。変わった才能や異なる意見を持つ人材を登用して昇格させているでしょうか。実態は、必ずしもそうなっていないと思います。

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 企業だけではありません。社会全体が多様性を受け入れる寛容さを持っているのか、私には疑問です。「イノベーションが大切」ということには誰もが同意すると思います。それなら、イノベーションに挑んでいる人たち、さらには挑戦して失敗した人たちにもっと寛容な世の中にならないと、日本からイノベーションは起きないのではないでしょうか。

 教育と社会は、切っても切れない関係にあります。「何で学校はもっと多様な人材を育てないんだ」とおっしゃる方もいますが、多様な人材を育てても社会に寛容さがなければ、その人材は活躍できません。

大学入試改革をはじめ、これまでの知識偏重の教育の在り方を見直す動きがあります。背景には、画一的な教育を見直し、もっと多様な才能を持つ人材を育ててイノベーションを起こしていこうという考えがあると思います。ただ、大学入試改革は、センター試験の後継となる「大学入学共通テスト」での、民間の英語試験採用や記述式の導入などで大変混乱しています。

小林氏:私は、改革の動機は正しかったと思います。これまでの1点刻み、一発勝負の試験で、点数という1つの座標軸に子供たちを一直線に並べて評価するというやり方では、もはやこれからの時代に求められる人材を育てることはできないと考えているからです。人にはそれぞれ、いろいろな強みがあります。それがもっときちんと評価される社会であるべきで、大前提として大学入試改革にはすごく賛成です。誰もが、総論では賛成すると思います。

 そのうえで、私は今回の混乱には、制度側、そして社会側の双方に問題があると見ています。例えば、記述式問題の採点が完璧に平等でないとしてこれほど批判の意見が出てくるというのは、社会がものすごく「公平である」ということに重きを置いているということだと思います。それが良くも悪くも、日本の特徴なんだなと。

 私は、大学入試改革は、それぞれの大学が実施する2次試験の多様性こそがカギであるべきだと思います。共通テストはある程度、基礎学力を見る場だと割り切り、1点の差に一喜一憂しなくて済むようになれば、試験の厳密な公平性についてここまで目くじらを立てる必要がなくなると思います。また、基礎学力を見る場だとすれば、無理やり記述式を導入することもないのかもしれません。米国の著名大学の中には、大学進学適性試験(SAT)のエッセーを要件から外す大学が増えてきています。記述式で問いたい能力については、大学側の入試で十分に見られるからです。

 共通テストについてはむしろ、これまでのセンター試験のように一発勝負ではなく複数回受けられるようにすることが重要で、困難があっても導入をトライし続けるべきだと思います。民間英語試験なども、従来通りのシステムのまま通年受験できるようにしてもいいのではないでしょうか。開催地や受験費用の関係で機会が不均衡になるという批判もあります。これには当然配慮が必要ですが、完璧な公平性を実現しようとするあまり脱退する機関が出るなど、かえって混乱を招いているように見えます。

 一方で、2次試験に多様性を持たせようとしても、現状ではそれができる体制がほとんどの大学にありません。多様な入試を実施するための十分な人員や経験、予算がないのです。

 海外では、入試を担当するアドミッションチームだけで100人超の体制を敷いている大学も珍しくありません。一方、日本ではどうでしょうか。教授や准教授も総動員で一生懸命やっていますが、そもそも各大学の教育の特色は何で、その大学が目指す人物像に近い学生を採るためにいかなる資質が重要で、入試の時点で何を問うべきか。そういったところまで議論したうえで小論文の設問や入試問題を考え抜き、採点にあたるとなると、これは片手間にできる仕事ではありません。

 今回の大学入試改革では、大学側の体制についてはあまり議論の焦点になっていませんでした。共通テストの改革は「完璧な公平性」の問題が取り沙汰されて混乱してしまっていますが、本当に大切なのはここではなくて、大学自身の入試改革をどう実現するかだと私は思っています。