
読者の皆さんと一緒に考えるシリーズ企画「目覚めるニッポン 再成長へ、この一手」。今回提言いただくのは、セゾン投信社長の中野晴啓氏です。「老後に2000万円」報告書が騒動となった金融審議会「市場ワーキング・グループ」の中核メンバーでもある中野氏は、年金制度維持のためには負担と給付のあり方を見直すとともに、老後のための資産形成施策を推進する必要があると語ります。そして日本の再成長を促すために「個人は『日本に投資』のこだわりを捨てよ」とも主張します。
提言について、皆さんのご意見をお寄せください。
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「老後は30年で約2000万円の取り崩しが必要になる」の一文が話題となり、ワーキング・グループがまとめた報告書「高齢社会における資産形成・管理」は大きな関心を集めました。そもそも、どんなミッションで招集されたのですか。
中野晴啓氏(以下、中野氏):騒動に隠れて十分に伝わらなかったのですが、本来の趣旨は高齢社会のあるべき金融サービスの姿や、顧客本位の業務運営の実践、長期積み立て分散投資の浸透についての議論、提言でした。
高齢社会は、絶対に避けられない日本の最優先課題です。ワーキング・グループの活動はその事実と問題意識を共有するところから始まりました。社会保障、とりわけ年金については門外漢の集合体だったので、厚生労働省の年金専門家のレクチャーを受け、具体的な問題点を整理して報告書の冒頭にまとめたのが、痛烈な批判を浴びた「2000万円」部分です。
「2000万円」部分は、あくまでもプロローグ的な記述だったと。
中野氏:あくまでも導入部分にすぎませんでした。「炎上」で肝心の論点が見えづらくなりましたが、「認知症時代」の到来に備えて高齢者保護の提言をするなど、今でも意欲的な報告書だったと自負しています。
認知症患者数は現在500万人程度ですが、2025年には700万人に増えるという予測もあり、将来的には4人に1人がかかるともいわれています。認知症患者の保有資産は2030年度には現在の1.5倍に当たる215兆円にもなる試算で、家計金融資産の1割、国内総生産(GDP)の4割にも相当します。にもかかわらず、管理体制の処方箋作りが追いつかず、凍結する恐れもある。国民生活者のお金が実体経済に回って富を生んで返ってくるのが資本主義のサイクルなのに、このような巨額の資金が滞っているのは日本経済の先々に対して非常にネガティブなインパクトになります。
そこで社会保障同様、認知症の専門家にレクチャーを受けたうえで、想定される問題を共有して、信託業務の果たすべき役割や認知症になった人に代わって資金を健全な形で管理できる後見人制度の仕組みなどについても議論を重ねました。
6月下旬に日本で開かれた20カ国・地域首脳会議(G20サミット)で、すべての人が金融サービスにアクセスできる「金融包摂」がテーマとなるタイミングに合わせて、金融庁も課題先進国として積極的に発信しようとしていたんです。
「2000万円問題」騒動の勃発後、追い掛けるようにかんぽ生命の不適切販売問題が起こりました。根っこの部分ではリンクしているのではないですか。
中野氏:僕も実は、そう感じています。報告書ではまさに、高齢者に対する金融サービス提供のあり方について「このままでよいのか」と問題提起をしているのです。手数料収入を自社利益に目的化して、高齢者と商売している場合じゃないでしょうと。それは突き詰めていえば、かんぽ生命の不適切販売問題そのもので、郵便局が高齢者相手に行ってきた商売の手法はその典型的な事例ということです。
報告書を、投資を勧める「証券会社のパンフレット」だと批判する人もいました。
中野氏:見当違いな意見です。長期分散投資とギャンブルは明確に違います。また先ほども申し上げた通り、この報告書は証券会社を含む金融業界の現状に対して疑義を示しているものです。霞が関の文書としては読みやすい構成になっているのは、これをベースにして国民向けの冊子を作って、資産形成の進め方を示すつもりでした。そのために、専門的な記述で年金の構造問題に言及するのではなく、平易な表現で「2000万円」部分も記述しています。その判断が軽率だったと言われるかもしれませんが。